一線で戦えるような知識と経験を積む場所…
2004年に富山市の中心部にオープンしたソウルパワー。麻柄さんは16年間、この場所で富山のファンとアーティストをつなぎ、富山のバンドマンたちにとっても青春を刻む場所となっていました。

麻柄俊夫さん:「お金なんか残っていないです、まったく。このままだとどうにもならないかな」

新型コロナの流行で先行きが見通せず、断腸の思いで看板をおろしました。
ライブハウス撤退後、家で料理を作る麻柄さん。
麻柄俊夫さん:「安い豚肉で…。きょう白菜の見切り品買ってきて。お金のないうちだから、ぎりぎりどうにか安い金額で栄養価の高いものを」

ソウルパワーを閉じたあとも、貯金を切り崩して、節約生活を送ってきた麻柄さん。
家族を養うために音楽とは無縁の配線工事のアルバイトをしながらも、ライブシーンへの思いは決して消えることはありませんでした。
店を閉じてから2年半が経ったことし1月。
麻柄俊夫さん:「いまちょっとこんな感じなってますけども」
麻柄さんはまた同じ場所でソウルパワーの復活を決めました。
麻柄俊夫さん:「一番の問題点は地元の特に若い子、若い子のバンドたちがものすごくいなくなって全然いなくなってしまって、一線で戦えるような知識と経験を積ませるのがこういう場所だと思うので」

富山の音楽シーンの衰退を感じていた麻柄さん。再開に向けて全国に誇れる環境を作ること。そして、客やバンドマン、みんなで作り上げることをテーマにかかげました。

県内外のバンド仲間や客が手伝いに来てくれました。

金沢のバンドマン:「俊夫さんお疲れ様です、金沢のACEONDAWNです」
麻柄俊夫さん:「おまえらなんちゅいい格好してくるんよ、働けんねかそれじゃ」
麻柄さんの思いに賛同した県内外のバンドマンたちが連日、手伝いに駆けつけます。
手伝いのバンドマン:「16年くらいずっと通っている場所なので一緒に作りたいなと思って」

なかには10年以上通う常連客の姿も。
常連客:「いままで本当に見るだけやったのに自分たちが見る場所を少しずつ作り上げていけるのはめちゃくちゃ嬉しくて」

高校生の姿もありました。水島ユウトさん、18歳。
水島ユウトさん:「見る分にも出る分にもお世話になりたい」

小学6年生のときにギターを始めた水島さん。高校の軽音楽部の先輩に誘われ、今のバンドに加入しました。

水島ユウトさん:「コロナの中でも部活の中で部員だけだったりとか、小さな規模でもライブみたいな形式ではやったりしていて、昔はどうやったんにとか、これがなかったらどうやったんにとかあんまり考えずに」
コロナ禍で活動が制限されてきた水島さん。麻柄さんは水島さんたちのような高校生のためにソウルパワー復活公演として「高校生卒業ライブ」を企画しました。

水島ユウトさん:「ちゃんとバンドの演奏を見てもらうのははじめてなので、『富山は熱いぜ』っていうのを『俺らが引っ張っていくぜ」っていうロックンロールを見せつけたい」















