4期16年の長きにわたって福岡県の政令市「北九州」を率いた北橋健治市長が退く。リーマンショックの頃から続いた「北橋市政」はさまざまな難しい課題と向き合ってきた。地元経済が停滞し“地盤沈下”を招いたという指摘の一方で、治安の改善を評価する声も聞かれる。

◆ライフワークは「環境」難題に囲まれた16年

「振り返ってみると、いつも難題に囲まれていたような気がします」退任式の挨拶でこう述べた北橋健治市長。リーマンショックや暴力団、新型コロナなどに向きあってきた4期16年を振り返った。記者から“一番の成果”を問われると「治安改善」をあげた。

北橋健治市長「影響力が大変大きいのは、劇的に治安が改善して投資を阻む物がなくなったことだと思う」

2007年の市長選挙で初当選を果たした北橋市長。政策の大きな柱はいつも「環境」への取り組みだった。深刻な公害を克服してきた経験を生かして水素の活用や脱炭素の取り組みを積極的に進めた。

東南アジアにおける「水ビジネス」にも力を注いだ。最近では国内最大級となる洋上風力発電の整備も進めている。一方、最初の任期で起きた「リーマンショック」は「モノづくりのまち」北九州市にも暗い影を落とした。


北橋市長「なんとか北九州の地で、東芝の火を消さないでと強く申し上げた」

懇願むなしく、東芝は90年以上続いた北九州工場での生産を終了。街の主要産業だった「製鉄」は、3年前に小倉第2高炉が休止するなどし縮小が続く。