逃げ場のない環境:セクハラと劣悪な住環境

被害を記者(右)に再現するミャンマー人女性(左)

女性たちは、暴力に加えてセクシャルハラスメントの標的にもなっていた。前述のAさん(30)は、怒鳴られながら尻をたたかれたり、胸を指で突っつかれたりした。22歳のCさんは、落ちたブロッコリーを拾おうと前かがみになった瞬間に尻を触られた。19歳のDさんは、日頃から肩を組まれたり、二の腕を触られたり、尻を揉まれたりしていた。さらに父親は日常的に性的な話をし、女性たちを前に出して「汗をかくと体が濡れて下着の線が出ますよね。下着の線を見るだけでも男は…」と言い放ち、不適切な部位を見せつけるなどの行為に及んでいたという。

言葉が通じない中、いつ怒鳴られ、いつ触られ、いつ殴られるか分からない恐怖と恥ずかしさの中で、彼女たちは一日中泣きながら働き続けていた。

壊れたBさんのメガネ

7月上旬に来日した20歳の女性Bさんは、「ちょっと具合悪い」と伝えたところ、父親に帽子を手で払われ、そのはずみでミャンマーから持ってきた大切なメガネが折れて使えなくなった。

脱出した女性たちが働いていた畑(北海道京極町)

収穫した野菜を投げつけられ、何が正解か分からないまま理不尽な扱いを受ける日々だった。熱中症で倒れる者が出ても、「どう見てもお前たちが悪い。カッパ脱げ、水飲めと言っているのに言うこと聞かないからだ」と責任を転嫁するような音声データも残されている。

労働環境だけでなく、生活環境も彼女たちの尊厳を奪うものだった。寮は農業法人から徒歩10分ほどの場所にあり、彼女たちの説明によると、外観からも老朽化が分かる古びた2階建ての一軒家だった。「きれいなところだ」と説明されていたが、中に入ると炊飯器の残りご飯にはカビが生え、トイレは紙が詰まって使えず、バスタブも自ら清掃しなければならなかったという。

ミャンマー人女性が暮らしていた寮

何より深刻だったのは、玄関の鍵が壊れていて、各部屋の扉も閉まらない状態で、父親らが、いつ寮にやってきて暴力を振るうか分からないという恐怖が、プライベートな空間での安息すら奪っていたと話す。

こうした支配構造により、ミャンマー人労働者たちは身動きが取れず、閉鎖された農場の中で、肉体的にも精神的にも追いつめられていった。

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