15日は、戦後81年となる「終戦の日」でした。

「青葉学園物語」は、昔、夏の課題図書になったので読んだことがある人もいるかもしれません。事実や記録から戦争を学ぶことは、言うまでもなく大切なことですが、文学で戦争を知ることは、また違った意味で戦争のことを教えてくれる存在だと思います。
愉快に楽しく読める話 一方で“戦争の怖さ”を学べる物語

「青葉学園物語 さよならは半分だけ」
「桃は太陽のエネルギーを吸収して大きくなるのだそうだ。太陽はみんなのものだから、したがって桃も」
そういって、桃を盗み食いする子どもたち。

1978年から発刊された「青葉学園物語」。広島の養護施設で暮らす子どもたちの日常を描いた物語です。

駒田健吾キャスター
「桃の話は実際にあった話なんですか?」
児童文学作家 吉本直志郎さん
「そうです。そういうことをやってた。(先生に)叱られてましたけどね」

「青葉学園物語」シリーズの作者、吉本直志郎さん、82歳。

父を亡くし、母が療養で長期入院していたため、13歳で施設に入所。当時、そこには原爆で親を亡くした戦災孤児ら、約70人が暮らしていたといいます。

児童文学作家 吉本直志郎さん
「今は『皆賀園』という、大きな建物がありますけど、あの辺りに色々な寮が点々としていた」

物語は、山で罠を仕掛けて野鳥を捕まえたり、川で魚を捕まえたり、自然の中で遊びまわる、無邪気な子どもたちの姿が描かれています。

児童文学作家 吉本直志郎さん
「鳥を獲る罠を仕掛けて、鳥を獲ったりして、羽をむしって焼いて食べたり、僕らは遊び呆けていたような感じ、毎日」

物語の大半は子どもたちの愉快で楽しい日常。そうした明るい物語の合間に、戦争は時々暗い影を落とします。

子どもたちが連れだってうどん屋さんに入ると、そこに原爆で孫を失った老夫婦がいました。おじいさんは、まぶしそうな目で子どもたちを見つめ、こうつぶやきます。

「青葉学園物語 翔ぶんだったら、いま!」
「たったの、ななつじゃった。たったのななつで...…死んでしまいよった。原爆に、とられてしまいよった」
「からだじゅうにヤケドを負うてのう...…水くれえ。じいちゃん水くれえ。ばあちゃん水くれえ。言うて」

ただ吉本さんは、戦争そのものではなく、あくまで「普通に笑って遊んでいた子どもたち」を描くことにこだわりました。
駒田キャスター
「テーマが見えるような作品は、良くない作品だったりするんですか?」

児童文学作家 吉本直志郎さん
「テーマは表に出してはいけないのが、僕の創作態度。戦争とか原爆とかはその背景にあることであって、小説そのものは人を描くことに尽きる。戦争は人々に不幸をもたらすものだから、決してあってはならないのが僕の意見」
一見、愉快に楽しく読める話でありながら、戦争の怖さを学べる物語。こうした本を子どもたちが読み継ぐ大切さを感じます。

駒田キャスター
「青葉学園シリーズを読んだのが、10歳の時で、『青葉学園物語』を自分の子供に読ませた。自分の子どもへ、またその子供は自分の子どもへと読み継がれていくのがいい本なんだろうな」

駒田キャスター
「そういうふうに親から子へ、読まれ続けていくとしたら、幸せなこと」














