夏休みが明けても小学校が再開されることはなく、野村さん姉妹の日常も終戦とともに一変しました。

日本への引き揚げは持ち物も制限され、引き揚げ者は身に着けるものしか持って帰られなかったと話します。
野村浩子さん
「お父さんは本をもって帰りたいと言うし、お母さんはそんなものよりももっと食べるもの、子どもたちが食べられるものを持って帰りたいし。それでケンカしてたのは覚えている」
妹 明子さん
「子ども用の服地を3重か4重に折りたたんで手提げ袋を作って、引き上げの時にリュックサックと両手に食料とかを入れた手提げを持って『帰ったらほどいて、あなたのワンピースに作ってあげるから』と母に言われて頑張って持って帰って来た」
一家が帰国に向けて水原市を出発したのは10月下旬。
到着した釜山港でようやく乗れた引き揚げ船は、まともなトイレもない小型の船でした。














