自宅屋上のプレハブ小屋から始まった挑戦
富士家の歴史は、大嶺さんが21歳だった1991年に遡ります。両親が公務員という家庭で育った大嶺さんは、当時サーフィンに明け暮れる青春のただ中にいました。
そんな彼がぜんざいの配達販売を思い立ち、電話線まで引き込んで事務所にしたのが、なんと自宅屋上のプレハブ小屋。「商売というより、なんか学園祭ノリという感じで」と大嶺さんは笑います。サーフィン仲間を巻き込んで立ち上げた富士家の店内には、今もそのスピリットがあちこちに散りばめられています。
ピザ店の配達販売を真似たというデリバリー方式を取ったぜんざい販売は大うけし、家庭だけでなくオフィスにも広がり、事業は大当たり。従業員一丸となって注文をさばく日々が続きました。ところが、大嶺さんはとても肝心なことを忘れていました…
沖縄にも冬があることです。














