特殊な焼却炉の正体とは?60年前に使われなくなった道に残る遺構

現在と1945年頃の航空写真を比較すると、確かに道が存在しており、園内まで繋がっていることを確認。
(道マニア・鹿取茂雄さん)
「東山動植物園の入口だったとすれば、人が通ることが見込まれるので売店があったかもしれない。1970年代、東山公園線ができた段階で道はなくなっている。1960年代はまだ繋がっているので、1960年代から1970年代にかけて通れなくなったのでは」
鹿取さん曰く、80年前には園内へ続く散策路としてこの道は存在し、50年ほど前に使われなくなり、廃道化したのではないか、とのこと。周辺に残る残骸は、休憩所や売店ではないかと考察します。
しかし、「ここに入場ゲートがあったとしてもおかしくないが、物を焼いていたとは考えにくい」と言います。

焼却炉の謎は残しつつ、この道の歴史について解明するため聞き込みすることに。80年前から近くに住む方の話によると、現在フェンスで塞がれ行き止まりなっている場所にもかつては道が通っており、そこから園内に入ることができたそう。

入口付近の広いスペースには遊園地のように様々な遊具があり、当時は入場料がなく、乗り物に乗る時だけお金を払うシステムだったとのこと。

また、鹿取さんの考察通り、道沿いに残る残骸は売店や休憩スペースのもののよう。1937年、東山動植物園の開業に合わせて道が造られたものの、東山公園線ができた影響によりフェンスで分断され、60年ほど前から使われなくなりました。その後に焼却炉が設置されたそうで、「あれは汚物用の焼却炉なのでは」と鹿取さん。
(道マニア・鹿取茂雄さん)
「高温で燃やせるよう内部が耐火レンガになっていてので、動物の糞とか普通のゴミじゃないものを奇麗に燃やすための特殊な焼却炉だったと思う」














