安全管理と平和教育は分けるべき

牛島さん:
「同志社国際の子どもたちが一様な考えで染まってしまうんだったら、これは戦前と一緒なんですよ」「(辺野古で)船長の話に同意する子どももいれば、聞き流す子どももいれば、あるいは疑問を抱いたり、反発する子どもたちだっていると思うんですね」「一つの政治的な見解を出したとしても、様々なこの多様な反応こそがですね、子どもたちの学びを深くしていくんじゃないかなと思うんですよ」

沖縄戦と現在の基地問題が地続きであるからこそ、これまで積み上げてきた平和学習を続けていくことが何よりも重要だと考えています。

牛島さん:
「沖縄がこれまで取り組んできた沖縄戦の取り組みや、基地問題に対する取り組みっていうのを、もっと自信を持って打ち出してきていいんじゃないかなと。そういう姿に、私たち県外の人たちが学ぶっていう関係がね、やっぱりずっとあるような気がしますね。だから萎縮とか言ってないで、上手に、しなやかな気持ちでですね、続けていただけたらいいかなと思います」

平和教育の政治的中立性とは何か。今、沖縄で「平和を学ぶこと」が問われています。

まず、大前提として、今回2人の命が失われた重大な事故の原因究明と再発防止に向けた安全管理体制の構築は必要不可欠です。

ただ「安全管理」と「平和教育の在り方」は分けて考えるべきものです。平和教育における政治的中立性とは何か。

沖縄戦から81年が経ち、戦争を経験した県民が全体の1割を切るなか、沖縄での平和学習が今、岐路に立たされています。