沖縄県うるま市の宮森小学校に米軍の戦闘機が墜落し、児童ら18人が命を落とした事故から67年となった30日、宮森小学校で慰霊祭が開かれました。
宮森小学校に米軍のジェット戦闘機が墜落した事故から67年となった30日、墜落事故を語り継ぐ活動をおこなう宮森630会や遺族らにより慰霊祭が行われました。
1959年6月30日午前10時40分頃、米軍のジェット戦闘機が、基地を飛び立ったのち、うるま市石川に墜落。付近の家々を引きずるようにしながら、ミルク給食中の宮森小学校に激突し炎上しました。
参列者(86):
「あの飛行機音がおかしい落ちないかなと思いながら見たらドカーンと(墜落した)私は直接、墜落した時に現場に駆けつけてねガラクタを開けてみたら頭も両手両足もない。男か女かもわからない遺体を出して担架にのせた」
当時宮森小5年の男性:
「まだトラウマになって忘れることできない。子どもたちがほんとに平和で安心して暮らせる沖縄であればなと思っています」
宮森630会の久高政治会長は、子供たちにも命や平和が大事ということを常に伝えていきたいと平和への思いを語りました。
また、慰霊祭に先立ち開かれた学校主催の追悼集会では、宮森小学校と城前小学校の児童ら、合わせておよそ540人が参列し、犠牲者の名前が刻まれた「仲良し地蔵」に花や千羽鶴を手向け、御霊を慰めました。
宮森小6年 松本奏瑛さん:
「こういった事故がなく、みんなで明るく楽しく過ごせる、学校にできたらいいなと思います」
宮森小6年 島袋優花さん:
「父や母にも伝えてジェット機墜落について思いを深めていければなと思います」
宮森小6年 伊芸由弦さん:
「2度と戦争が起こらないでほしいのはもちろんのことだしこういった事故がもう2度と起こらないでほしいです」
遺族や児童らは、このような悲劇を繰り返してはいけないと平和への思いを新たにしました。
慰霊祭があったのは、宮森小学校ですが、近隣の石川中の生徒が運営に携わるなど、この事故の凄惨さを次の世代へ引き継ぐための取り組みも進んでいるということです。














