懸命に育ててくれた母
関東に住む長男の陳述では、小学三年生の時に母が離婚し、2歳上の姉と自分を1人で育ててくれたことを話しました。
「離婚して金銭的につらかったにもかかわらず、母は自分のことはいつも後回しで働き続けていた」「仕事で疲れて帰宅した時は玄関でそのまま眠っていたほど、子どもたちを懸命に育ててくれた母だった」と語りました。
母とは桜を一緒に観る約束もしていたといいます。
事件の知らせを受け、長男は関東から盛岡市内まで車を走らせ、母親の遺体と対面したそうです。
「被告によって母が殺された殺人事件」と長男は述べ、車ではねた時に被告がすぐに救助しようとしなかったこと、反省を感じないこと、3月16日に保釈されていたにも関わらず初公判が始まっても、5月末まで謝罪文などの申し出が一切なかったことを指摘しました。
被害者の長男「死刑にしてほしいくらいです」
事故から3か月後に被告はようやく謝罪文を遺族に宛てましたが、長男は「有利になりたいから手紙を書いただけだと思うと憤りを感じる」と話しました。
遺族側は謝罪文の受け取りを拒否しています。
長男は被告人のことを「死刑にしてほしいくらいです」と言葉を詰まらせながら陳述しました。













