「誰かのために走る」川村優理が新潟に残したもの

後輩たちに背中を残しながらも、川村選手にはひとつ心残りがある。
アルビレディースで、サポーターにタイトルを届けられなかったことだ。

「自分自身が取りたいとかじゃなくて、やっぱサポーターに対して、プレゼントできなかったっていう悔いはあります」

長く支えてくれたサポーターに、タイトルという形で返したかった。
川村選手の言葉には、そんな思いがにじむ。

何度も近づきながら、届かなかったタイトル。
その悔しさも、川村選手は次の世代に託す。

「一個取れた経験をすることっていうのは、大事なのかなっていうふうに思いますね」

そして、短くこう続けた。
「頑張ってもらいたいです、本当に」

12歳でアルビレディースに加わり、15歳で新潟に残る道を選んだ。
日本代表、海外挑戦、3度のひざのけが。
何度も立ち止まりそうになりながら、それでも川村選手は走り続けてきた。

では、川村選手にとって「走る」とは何だったのか。
そう尋ねると、少し考えてから、こう答えた。

「チームのために走る、ですかね。誰かのため」

ボールが出てこなくても、味方が空いたスペースを使えばいい。
自分が目立たなくても、チームが前に進めばいい。
苦しい時ほど、もう一歩を踏み出す。

それが、川村優理という選手の走り方だった。

「自分はチームのために走るっていうのは、すごい大事にしてやってきました」

新潟で始まり、新潟で区切りを迎えた24年。

川村優理選手が新潟に残したもの。
それは、誰かのために走る背中なのかもしれない。