大空眞弓の「目力」が、石井ふく子を揺さぶった。

1959年、雑誌に掲載された当時19歳の大空眞弓さんのグラビアを偶然手に取った石井さんは、その“目力”に惹きつけられ、本人と合うこともせず、直感的に「東芝日曜劇場」にキャスティングします。当時、大空さんは映画会社・新東宝に所属しており、かつて新東宝の女優だった石井さんにとって後輩にあたる存在でした。

その後、本映画祭でも上映される『愛と死をみつめて』(1964年放送)は大ヒットし、大空さんは数多くの石井プロデュース作品に出演していきます。大空さんは、実姉を亡くして以降、石井さんを「おねぇちゃん」と呼び、今でも毎日電話をしている間柄です。

(写真:『愛と死をみつめて』より 左から山本學さん、大空さん)
(写真:『愛と死をみつめて』リハーサル風景より 左から演出の蟻川茂男さん、大空さん、山本學さん)