国の誤った政策により強制隔離が行われたハンセン病問題。かつて岡山県瀬戸内市の長島に隔離された当時の患者にとって悲願だったのが本土とを結ぶ橋がかかることでした。

長い運動を経て、1988年に架かった「邑久長島大橋」。その開通記念日に合わせ、シンポジウムが開かれました。

(長島愛生園入所者 石田雅男さん)
「あの隔離から解放されたといった象徴的な橋ということがいちばんに挙げられると思います」

シンポジウムで、邑久長島大橋への思いを語ったのは、長島愛生園入所者の石田雅男さん。橋をかける運動=架橋運動に携わった1人です。

邑久長島大橋は2つの国立ハンセン病療養所がある瀬戸内市の長島と本土を結ぶ橋で、1988年に開通しました。医学的に根拠のない国の誤った政策による強制隔離からの解放を象徴するこの橋は、「人間回復の橋」とも呼ばれています。

(長島愛生園入所者 石田雅男さん)
「もっと人間らしく橋に恥じることなく生きていかなければならない。それが私たちができる橋に対する恩返しではないか」