芸術家・タレントでエッセイ「人生はデーヤモンド」で一世を風靡、〝ゲージツ家〟を自称していた「KUMA」こと篠原勝之さんが、肺炎で亡くなったことが分かりました。84歳でした。

KUMAこと篠原勝之さん



訃報については、本人のインスタグラムに関係者が投稿しています。本人からのメッセージがその末尾にあり、感謝と別れを伝えています。また、本人はこのことを「離陸」と表現していたとのことです。

▽▽▽▽ 訃報 全文 ▽▽▽▽

篠原の体調についてご心配をおかけしておりましたが、4月17日に他界いたしました。

いつもあたたかく見守っていただき、お力添えを賜りましたことに、心より感謝いたします。
ありがとうございました。
本人の遺志により通夜葬儀は行わず、20日に親近者で旅立ちを見送りました。

ヒトからどう見られようと、どんな時も、今おかれている状況を面白がって、一生懸命に力のかぎりを尽くす。その在りようは最後の最後まで変わりませんでした。

「残っている力をぜんぶ出しきって終わりたい」
語っていた通りに離陸(晩年、好きで使っていた言葉です)しました。

亡くなる日の朝、篠原から口頭で託された皆さまへのメッセージを以下に記します。


ついにね、オサラバの時が きちゃったよ。
いろいろ、みんなに親切にしてもらって ありがとう。
いっぱい感謝して、旅にいきます。
アバヨ。

KUMA

△△△△ 全文 以上 △△△△

KUMAこと篠原勝之さん


「KUMA」こと篠原勝之さんは、1942年札幌生まれ・室蘭育ち。上京して武蔵野美術大学を中退後、広告制作会社に数年勤め、その後挿絵画家・絵本作家として創作に取り組み、1973年〜1979年〈状況劇場〉のポスター・舞台美術を担当。1981年、エッセイ「人生はデーヤモンド」で注目を集めました。

1985年、都心のビル解体現場で瓦礫から剥きだしになった鉄の姿に衝撃を受け、「鉄のゲージツ家」を宣言、スクラップ鉄を素材に作品を精力的に制作。1995年、山梨県北杜市にキューポラ炉を備えた作業場を構えました。鉄やガラス、石などを素材に、光・風・土・水といった自然のエネルギーに呼応するダイナミックな造形が国内外で制作、展示、常設されました。

2009年に「走れUMI」(講談社)小学館児童出版文化賞を、2015年に「骨風」(文藝春秋)泉鏡花文学賞を受賞するなど、文筆でも活躍を続けていました。そして2019年、土を捏ね、盌【空っぽ】を焼き始めたとのこと。2021年に奈良に移住。晩年も精力的に制作を続けていました。

【担当:芸能情報ステーション】