東日本大震災の発生から11日で15年です。愛媛県内でも各地で追悼行事などが行われ、祈りが捧げられました。
地震が発生した午後2時46分にあわせ、愛媛県松山市の石手寺では法要が営まれ、愛媛に避難してきた被災者などおよそ20人が黙とうを捧げました。参列者は焼香をあげ、静かに犠牲者を悼みました。
(福島から愛媛に避難 渡部寛志さん)
「毎年この3月11日があっという間にやってきて、また思い起こされる日だとつくづく思う。
出来れば原状回復を望んで安心して暮らせる場所で、みんなで力を合わせて復旧復興に向かいたいという思いはあるが、それが実現しない。15年たっても前に思ったように進んでいかないそういう点では悔しさを強く感じる」
警察庁によりますと、東日本大震災では大地震や津波で1万5901人が死亡していて、いまなお2519人が行方不明となっています。
参列した避難者からは、震災や原発事故への関心が薄れている状況を懸念する声が聞かれました。
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