能登半島地震から2年の歳月がたち、家族を亡くした人たちは少しずつ前を向き始めています。この2年間の心境の変化、そして家族と交わした約束とは。

大間圭介さん


大間さん「辛さとか悲しさとかと付き合いながらこの1年間過ごしてきた」

大間圭介さんは、2024年元日、石川県珠洲市にある妻の実家に帰省しているときに被災し、妻子4人を亡くしました。

大間圭介さん「ひとりでご飯食べてると、いないんだ、みんないないんだなと思って」

大間さんは2年間、辛い気持ちと共存しながら、生きる道しるべを探してきました。2024年に出場した金沢マラソンでは、家族への思いを胸に堂々と走り切りました。

金沢マラソン完走後の大間さん


大間さん「お父さん、かっこよかったよと言ってくれたら嬉しい」

全ては家族の分まで元気に生きるために。


大間さん「2年間一人で過ごしてきて、前向きに生きていくというか、前を向いて生きていくために、いつまでも周りの人から心配されるんじゃなくて。自分で頑張っている姿を家族に見せたい」


2025年12月1日。仕事から帰った大間さんの自宅の前に花が置いてありました。

大間さん「月命日に長女のお友達がいつも置いてくださる花で、きょうも月命日なので届けてくれました。いつも帰るとだいたいおいていただいてて、いつもありがとうございますとはお伝えしているが、嬉しいなと思う」

長女・優香さんの同級生が毎月届けてくれます。


大間さん「すごい可愛いお花、時期によって可愛いお花を届けてくださってるんで、ありがたいなぁ。綺麗ですよね、ほら」

家族のことを気にかけてくれる。友人の存在も大間さんを支えています。


大間さん「ただいま。お花いただきました。ありがたいね」


大間さんが2025年から本格的に始めたことがあります。自炊です。

大間さん「栄養のあるものをとらなくちゃと思ったときに、家で作らなければという感覚」


大間さんが着用しているエプロンは妻・はる香さんが使っていたものです。

大間さん「少しでも家族を感じられるところがあればいいな。妻もこうして作ってくれていたんだなと感じる」


自分で本格的に料理をするようになって作ってくれるありがたみを感じていると言います。

大間さん「妻がずっと料理を作ってくれていたので、いつも同じメニューじゃなくて違ったメニューとか作ってくれて、自分がつくる立場になって、大変だっただろうなとか、逆にもっと生きてるときに自分がもっとつくってあげたかったという思いは感じる」


料理を始めたのも、”前を向いて生きたい”という気持ちがあったから。家族思いな大間さんらしいおうち時間です。

大間さん「下向いて生きてたらおそらく料理も作っていない。家族の分までいろんなことができたらなと思うと、しっかり料理を作って体にも気をつかってというところは感じる」


そして、元日。

大間さんは、妻・はる香さんの実家があった珠洲市の土砂崩れ現場を1年ぶりに訪れました。ゆっくりと手を合わせ、家族に語りかけます。


大間さん「家族に帰ってきたよ。今年一年も頑張って行くからねと伝えた。これからは自分のためじゃなくて、家族やいろんな人のために自分だけの人生ではなくいろんな人のために生きていける人生を今年は歩んでいきたい」

家族への誓いを胸に、大間さんは新年も歩みを進めます。