「いまさら、差別の苦しさをさらされるのではないか」

――伊達さんが大島と関わるようになった、最初のきっかけは?

(伊達典子さん)
「私が初めて大島を訪れたのは2009年です。翌2010年に瀬戸内国際芸術祭が始まることが決まり、ハンセン病療養所のある大島も会場の一つに加えようという話が持ち上がっていました。

それまで行ったことはなく、ハンセン病療養所だけの島と聞いて、どんなところなのだろう、少し怖い場所なのかな、と不安を抱えながら向かったのを覚えています」

「実行委員会は、差別の歴史を伝えるという意図でしたが、当事者である入所者さんたちには大きな不安がありました。『これまで我々は厳しい差別を受けてきて、今更皆さんの前に出て、差別の苦しさをさらされるのではないか』と。

また、ご高齢の方々が静かに余生を暮らされている中で、観光客がたくさん来ることがかえって迷惑になるのではないか、という議論もありました。

そうした中で、最後の最後は入所者さんご自身が、やはり自分たちが受けてきた差別の歴史を皆さんに知ってもらう機会にしようと決断され、芸術祭の舞台の一つとして参加することになったのです」