今月8日に亡くなった俳優の仲代達矢さんの通夜が13日に都内で営まれ、仲代さんが主宰する「無名塾」出身の役所広司さんらが参列しました。

役所広司さん


これまでコメントを発表していなかった役所さん。仲代さんの訃報は、ヨーロッパでの仕事を終えて帰国した際に聞いたようで、‟日本に帰ってきたらお嬢さんから連絡が入っていてその日には連絡がつかなくて、翌日に連絡したら亡くなったというお話を聞きました。すぐに会わせてもらいました。本当に髭も剃って、綺麗な顔でした”と明かしました。

役所広司さん



最後に仲代さんと会ったのは、仲代さんの最後の舞台となった、能登で行われた「肝っ玉おっ母と子供たち」の公演前。仲代さんは役所さんに会うたびに、「芝居やんなさいよ」って、「舞台やんなさいよ」「ここでやろうよ」って言われて、芝居はやった方がいいよっていうことを言われました”と思い出を語りました。

仲代達矢さん



仲代さんの人柄について役所さんは、「面白い人なんですよ」と語り始めると‟世間の人たちは、怖いイメージかもしれませんけど、ユーモアのある人で”と話しながら涙ぐみ‟稽古で失敗したりもするんですけど、なんかそれを楽しんで、面白い人です。愛嬌もあって”と話しました。

役所広司さん


役所さんは、‟僕はいい塾生じゃなくて、僕が一番怒られている。その記録は破られていない。謹慎処分を受けたこともありました” ‟せっかく入れてもらったのに、入塾式に遅刻したりなんかしてて、(仲代さんから)時間通り来るんだったら、君はもう1時間前、2時間前に来いって怒られまして。仕事に行く時はもう早く行かないと落ち着かない体質になって、おかげさんで、撮影現場のチームの中に入れてもらった感じがしますね”と仲代さんとの思い出を語りました。

続けて、役所さんは仲代さんの妻・恭子さんからも「挨拶しなさい、時間を守りなさい、先輩を立てなさい」と繰り返し言われていたと懐かしみました。

役所広司さん


最後に役所さんは、‟ほんとにお世話になって。僕たち塾生にとっては無償で教えてもらっていて、本当に貴重な時間ですよね。40歳を超えたぐらいから始められたと思いますけど、ほんとに自分はもう仕事もしなきゃいけないし、大変な時期にそうやって時間を割いて、ものになるかならないかわかんないような僕たちに教えてくれたのが、ほんとに感謝するしかない”と話し、恩師との別れを惜しみました。

仲代達矢さん


【担当:芸能情報ステーション】