東京世界陸上に向かう過程で世界記録や国際大会の好成績
地元の利がある世界陸上で、過去最高成績を残したかったというのが本音だろう。だが地元の利で大幅にパフォーマンスがアップするわけではなく、それよりも日頃の取り組みが重要になる。そしてその取り組みの成果は、東京世界陸上までのプロセスに表れていた。
山西は過去2大会で金メダルを取り、厚底シューズへ対応する過程でフォームを崩したが、立て直して今年2月には世界記録をマークした。川野もパリ五輪後の昨年10月に世界記録(当時)を出した。2人ともその後の海外遠征でも好成績を残した。村竹と三浦は今季世界2位と3位の記録だけなく、ダイヤモンドリーグで上位に食い込んでいた。最終目標とする試合の結果で評価をすべきではあるが、過程に良い兆候が表れることも重要だ。
「海外の選手たちもメダルを取ったり、取れなかったりしています。メダルを本気で目指せる選手を増やすこと、複数年にわたって世界のトップにいることが重要になります」(山崎監督)
北口はオレゴンの銅メダルからブダペスト、パリ五輪と金メダル。今大会は故障明けで本来の力を発揮できなかったが、日本陸上界の顔としての役割も果たしてきた。
「彼女が私たちに影響を与えましたし、彼女がいなかったら東京世界陸上に、こんなに人が集まらなかった。ねぎらいの気持ちを伝えたいと思いますし、少しゆっくりして、また次に備えてもらいたい」
入場者数は9日間で60万人を突破。国立競技場は連日満席となり、大声援の中で選手たちは走り、跳び、投げた。ほとんどの選手が声援が力になった、感激したとコメントしていた。
「選手たちが、私たちが考えているより成長していたんだと思います。私たちの世代だと期待されると厳しいとか、ちょっと黙っていてよ、みたいな感じでした。今の選手はこの歓声の中で楽しそうに結果を出す、物怖じしないで楽しく元気に競技をする。仮に結果を出せなくても、悔しさをストレートに表現する。そうやって世界と勝負をしてくれたと思います。大舞台で弱い日本人というところから脱して、新しい日本陸上界の歴史がスタートしたと思いました」
村竹のインタビューが、今大会を象徴していたのかもしれない。8月に12秒92という想定以上のタイムを出し、ダイヤモンドリーグでメダル候補選手たちと互角の対戦成績を残したが、メダルに届かなかった。

「何が足りなかったんだろうなって。何が今まで間違っていたんだろうな、って。パリ五輪からの1年間、本気でメダルを取りに、1年間必死に練習して、何が足りなかったんだろうなって」
5位に入賞した選手がこれだけ悔しがる。メダルという結果が出なくても、東京世界陸上に向かってきた過程は必ず、今後の大舞台で実を結ぶ。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)