今月4日、歌手の橋幸夫さんが亡くなったことが分かりました。82歳でした。
所属事務所が明らかにしました。

所属事務所・夢グループの社長・石田重廣氏は、今月1日に会見を行い、アルツハイマー型認知症を患っていた橋さんの病状について報告していました。
橋さんは、今年6月11日開催の『夢グループ20周年記念コンサート』東近江公演でステージに復帰しました。しかし石田氏は “(公演の)3日後には、僕の名前を忘れたということを言われました“ と衝撃を受けたことを明かしていました。

石田氏は、橋さんについて、病院で診察を受けていても “大きなイビキをして、ずっと寝てます“ “顔も橋幸夫さんの顔じゃないんです。どうしちゃったの橋さん“と、予想以上の速さで病気が進行していることを伝えていました。

橋幸夫さんは、高校在学中にビクターのオーディションに合格し、1960年(昭和35年)「潮来笠」(いたこがさ)でデビュー。同年、同曲の爆発的なヒットに伴い日本レコード大賞に新人賞が新設され、初の受賞者となりました。さらに同年、NHK「紅白歌合戦」に初出場を果たし、以降17回連続出場。1962年(昭和37年)吉永小百合さんとのデュエット曲「いつでも夢を」、1966年(昭和41年)「霧氷」で日本レコード大賞を2度受賞。舟木一夫、西郷輝彦とともに“御三家”と呼ばれ、人気を博しました。

2023年5月3日には歌手活動からの引退を宣言。しかしファンや講演会からの声もあり、翌2024年4月に引退を撤回して活動を再開しました。また、橋さんの歌を歌い継ぐ歌手の募集が行われ「二代目 橋幸夫 yH2」というユニットがデビューするなど、歌への情熱を絶やすことはありませんでした。

上記以外の代表曲は「江梨子」「あの娘と僕(スイム・スイム・スイム)」「子連れ狼」「雨の中の二人」「今夜は離さない」など。
橋さんのアルツハイマー認知症については、今年5月に夢グループの会見で公表されました。会見で配布された診断書によると、橋さんは、2022年に軽度のアルツハイマー型認知症と診断され、2023年には右頭頂葉脳梗塞を併発。去年の年末に、中程度のアルツハイマー型認知症と診断されていました。

【担当:芸能情報ステーション】