ターニャへの思いは次第と恋愛感情に
自らの境遇を語っていると、ふと郷愁に誘われた。日本へ帰りたい。幸せな家族の中に身を寄せていたからだろうか、名古屋の家族の元へ帰りたいという思いが強くなった。しかし、その寂しさを埋めてくれたのがターニャだった。
「私、ハルオといるとすごく楽しいの」
そう言ってくれるターニャに、いつしか特別な感情を抱いていたのも事実だ。2人の関係は、最初は友好的なものだったが、次第にそれは恋愛感情へと移行していった。シベリアに来てからというもの、自分の世界から色が消えていた。彩りはなくなり、無味乾燥な日々が繰り返されていたが、それを変えてくれたのがターニャだったという。

ある時は、ダンスパーティーに誘われた。木造の体育館のような建物で繰り広げられたダンスパーティー。地元の男女が集い、ロシア民謡に合わせてダンスをしていたというが、その場所に春男さんも何度か誘われ、ターニャをはじめとするロシア人女性らと踊ったことがあったという。
ダンスなどしたこともなかったが、見様見真似と、現地のロシア人らの手ほどきをうけてステップを刻んだ。ロシア人にとっても外国人でもある日本人は珍しかったようで、日本人男性を意味する「ヤポンスキー、ヤポンスキー」と呼ばれて注目を集めているのが不思議だったと回顧していた。
春男さんと一緒に踊るために、順番待ちの行列もできたというから驚きだ。辛いシベリア抑留生活の中で、たとえ一時でも青年らしい時間を過ごせたと聞き、私は取材者というより、1人の人間としてなにか救われたような気がした。