原爆で外国人捕虜8人が死亡した福岡俘虜収容所第14分所の銘板の移設式が7日行われました。

爆心地から1.7キロの長崎市幸町にあった福岡俘虜収容所第14分所。

銘板によりますと、当時、オランダやイギリス、オーストラリアの捕虜およそ200人が収容され、原爆で8人が死亡したとされています。

以前、銘板は三菱幸町工場の外に設置されていましたが、このほど、長崎スタジアムシティの敷地内に移設され、7日、遺族らが参加して移設式が行われました。

父親が捕虜だったオランダ人のエルウィン・テオドール・ヴァン・ハーレンさん(65)は「この地に銘板を移設することは過去を記憶し、未来への絆を築く場所となるという非常に深い意味を持つ」と述べました。

被爆から80年、移設された銘板は原爆で外国人捕虜が犠牲になった事実を伝え続けます。