被爆当時16歳だった小幡悦子さんは、爆心地から1、2キロの三菱兵器製作所茂里町工場で仕事中に被爆。
2階の床から宙づりになっていたところを助け出されたが、両足に重傷を負いました。翌日、リヤカーを持って駆け付けた母や姉とともに、自宅へと戻ります。
3か月後、大村海軍病院に入院し、合計で6回、足の手術を受けましたが、膝が曲がらない不自由な生活を戦後も余儀なくされました。
昭和32年からは「被爆者の店」に50歳まで勤め、その後も被災協の仕事を手伝っていました。(1998年撮影)
注目の記事
GW明けの“疲れ”どう防ぐ?半分以上が“疲労感・心理的負担増”の調査も…ポイントは「幸せホルモンの分泌」 専門家に聞く

86歳で中学1年生に スーパーボランティア・尾畠春夫さんが「夜間中学」へ 奉公、独学…“空白”埋めるため約80年越しの挑戦

スポーツ観戦で腸内環境改善 ワクワクドキドキで"善玉菌"が増加!【世界初の研究結果】熊本・菊陽町と九州大学が実証実験の結果公表

安いエアコンが来春消える?買い替え依頼が3倍に急増 家計を直撃する「2027年問題」とは

【田中角栄】首相就任の年に新潟で語った『1000年先の日本』ホルムズ海峡封鎖や物価高で透ける“現代日本の脆弱性”

【政策金利どうなる】カギは「ホルムズ海峡」と「日本の株価」か 中東情勢が沈静化すれば“利上げ”へ舵切る可能性も? 日経平均株価は「ちょっとしたきっかけで暴落や混乱ありえる」金融危機になれば利下げせざるを得ない可能性【専門家解説】









