石川県珠洲市の飯田港でかつて定期船の待合室として使われ、2017年の奥能登国際芸術祭のアート作品にもなった「さいはてのキャバレー」
2024年の能登半島地震で津波の被害を受け、地元住民が震災遺構として保存を求めていましたが、解体されることになりました。
久々江龍飛キャスター「壁に描かれた3頭のイルカが特徴的なこの施設は、長年地域の人々に親しまれてきました。しかし、建物の中を見ると大きく損壊し、隣接する港から水が入り込んでいる状態です」

珠洲市の飯田港にある「さいはてのキャバレー」は、かつて新潟県の佐渡とを結んでいた定期船の待合室として使われた建物です。

1978年に航路が廃止された後も、「奥能登国際芸術祭」のアート作品やイベント会場として活用されてきました。

しかし、能登半島地震による津波でドアや窓が壊れ、激しく損傷しました。
出村正幸さん「珠洲が元気な時も大変な時も、すべての記録、物語が詰まった場所」
こう話すのは、珠洲市に住む出村正幸さん。後世に震災の記憶を伝える震災遺構として、「さいはてのキャバレー」を保存するよう訴えてきました。

出村正幸さん「珠洲市の物語。どんどん人もいなくなって、解体が進んで更地になって、人々とともに思い出も消えていってしまう。残っていれば過去の珠洲市の歴史、物語がわかる」