【甲子園通算奪三振】
1位 桑田真澄(PL学園)150奪三振
2位 島袋洋奨(興南)130奪三振
3位 山田陽翔(近江)115奪三振
最速150キロに迫るストレートに加え、切れ味鋭いスライダー、ツーシームなど多彩な変化球を操る山田。“世代NO.1右腕”と言われるが、打者としても高校通算31本塁打を放っている。エースで4番、さらに主将として、“最後の夏”は近江高校をベスト4に導いた。
申し分がない成績を残している山田だが、ファン・観客を虜にするプレーも魅力だ。マウンドでは闘志をみなぎらせ、どんな場面でも相手打者に臆することなく立ち向かっていくピッチングや豪快なフルスイング、試合での一挙手一投足が野球ファンの心を躍らせた。
野球を始めたきっかけは父と兄 中学生で最速142キロ
小学校1年生の時に父と兄の影響で野球を始めた。「特に兄の影響が大きかった」と、兄・優太さん(現在、日本体育大学の野球部所属)を目標に、日々刺激を受けながら練習に取り組んできたという。中学3年時に出演したテレビ番組「体育会TV」(TBS系)では、巨人・元木大介コーチをファーストフライに打ち取り、当時の自己最速を1キロ更新する142キロを投げてみせた。卒業時は多数の強豪校からオファーを受け、兄が進んだ大阪桐蔭からも誘いを受けたというが「強い大阪桐蔭を倒したい」と地元滋賀の名門・近江高校への進学を決めた。
努力の賜物 驚異の肩甲骨周りの柔軟性
数多くの選手をプロの世界に送り出した名将、近江の多賀章仁監督も山田との初対面には衝撃を受けた。ユニフォームの採寸時、まだ中学生とは思えない均整のとれた体に「野球選手というよりも“まさにアスリート”という印象が強かった」と興奮気味に当時を振り返る。その多賀監督から入学当初に「3年後、プロ野球選手になれるようにやっていこう」と言葉をかけられたという山田は「まだなにも実績を残していない自分に対して話しかけてくれた監督の言葉が嬉しかった」。この言葉によって「一層、野球に正面から向き合えた」と話す。
山田は高校入学から3年間、早朝の個人練習を1度も欠かしたことがない。誰よりも早くグラウンドへ向かい、大切にしている「勇往邁進」(恐れることなく自分の目的・目標に向かってひたすら前進すること)という言葉の通り、自分を鍛え上げ、目標に向かって突き進んできた。
「パンプアップできていないので…」と照れた様子で前置きしたが、努力の成果は肉体にも現れている。鍛え抜かれているのはもちろん、肩甲骨周りは驚異の柔軟性だ。腕立ての姿勢で肩甲骨を動かすと波を打つように動く。「怪我のリスクも減りますし、(腕の)しなりも出る。可動域が広がるので」。日々真摯に練習に向き合ってきた努力の賜物だ。
エースで4番、さらに主将としてチームをまとめてきた山田は、9月に行われたU-18ベースボールワールドカップで銅メダルを獲得した日本代表でもキャプテンを務めた。チームは3位だったが「背負う重さを経験できた」と振り返る様子は、堂々としていて頼もしい。
「夢を与える存在に」12球団どこでもOK
「僕が今まで幼い頃にたくさん夢をもらった分、自分が次はプロ野球選手になって、子供たち、野球少年たちに夢を与える存在になりたいと思います」と語る山田。「ドラフト当日まで落ち着かない気持ちですが、12球団どこの球団でもOKです」。「勇往邁進」してきた山田が、20日、ついに夢を叶える。■山田陽翔(やまだ・はると)
2004年5月9日生まれ。175cm、78kg。右投右打。治田西野球スポーツ少年団(滋賀・栗東市立治田西小学校)~大津瀬田ボーイズ(栗東市立栗東西中学校)~近江高校。春夏甲子園に3回出場し、2年夏ベスト4、3年春準優勝、3年夏ベスト4。エースで4番、主将としてチームを率いた。甲子園通算15試合で11勝(3敗)は松坂大輔氏らに並ぶ。通算115奪三振は歴代3位。今夏はU-18 日本代表の主将も務めた。














