取材中現れた謎の「市民」 そして映像をすべて消去させられる
ほどなくして現場近くに到着した私たちは、警戒にあたる多数の警察官や警察車両を遠めの位置の公道から撮影した。さらに近づこうとしたが現場となった体育施設の入り口の門は固く閉ざされていた。その時点で警戒にあたっていた警察官は私たちの撮影を制止することはなかった。続いて目撃者の証言を撮ろうと路上で談笑していた数人の男性に話しかけた。問題はそこで起きた。
「先ほどここで起きた事件について何か知っていますか?」
カメラを手に話しかけると、男性たちの表情が一変した。
「お前らカメラで何を撮るつもりだ、ここで撮影をするんじゃない」
すごい剣幕で迫ってくる。
「わかりました。撮影はしないから。もう帰りますから」
異変を感じ取った私たちはすぐさまその場を離れようとしたが、男たちは執拗に追いかけてくる。警察官を呼びに行く男もいた。
「こいつらカメラを持っているぞ。今すぐ職務質問するべきだ」
「あなたたちは誰ですか?」
問いかけると皆一様に「ただの市民だ」という。そうこうするうちに私たちはこうした「市民」を名乗る男たちと制服を着た数人の警察官に取り囲まれてしまった。
「この市民の人たちから通報を受けたので、身分証を出してください」
私たちは警察官に身分証を見せ、日本のテレビ局の記者だと説明した。すると…
「おい、こいつら日本人だぞ。日本人が何しにこんなところへ来てるんだ!」
「市民」はさらに大声を上げ、警察官に対して私たちを派出所へ連れていけと騒ぎ始めた。
時刻は午後10時近く。夜道で十数名の男たちに囲まれ身の危険を感じた私たちは警察官の指示に従うことにした。
警察官に連れられ、数百メートルほど先の派出所へ向かう私たちに、先ほど大騒ぎしていた「市民」の1人が監視するようにぴったりとくっついてきた。派出所に到着すると慣れた様子で待ち構えていた別の警察官に事の経緯を説明し始める。警察官が私たちのパスポートと記者証の写真を撮り終えると、なぜかその「市民」は私たちが撮影した映像の消去を迫ってきた。警察官も同調する。
理由を聞いても「市民」は「事件が起きた直後で敏感な場所だから撮影は許可できない」の一点張り。これまでの経験からここでゴネても「取り調べ」が長引くだけで、消去するまで解放されないだろうと判断し、消去に応じることにした。カメラを操作し1クリップずつ映像を削除していく作業を、「市民」は本当に全て消去しているのか、疑うようにじっと覗き込んでいた。
テレビにとって映像は命。私たちにとって映像を消去させられるというのは、まさに我が身を切られるような屈辱以外の何物でもない。しかし、それ以外の選択肢はなかった。理不尽さと腹立たしい思いを抱え、ホテルに戻った。