岸田文雄首相の自民党総裁選挙への不出馬表明を受けて、元閣僚らが次々と立候補の意向を示している。9月12日告示、27日の投開票を控えて出馬が取りざたされている候補者は10人を超える。「サンデー毎日」などを刊行している毎日新聞出版社長・山本修司氏が、8月23日に出演したRKBラジオ『立川生志 金サイト』で、この総裁選について「政治家個人をみるよい機会」とコメントした。

岸田首相を退陣に追い込んだ「批判」は政治家個人の事情

自民党総裁選は事実上、日本の総理大臣を選ぶ選挙ですが、国会議員の選挙とは違い、国民が直接選ぶことはできません。ある人からは「国民が直接選べないのに連日大騒ぎで、オリンピックが終わってネタがないマスコミが政局報道で騒いでいるだけだ」と言われました。きょうは「それは違うよ」と申し上げます。

政治そのものは私の専門外なのですが、前にお話しした「政治とカネ」ならぬ「政治家とカネ」は私のフィールドであり、その取材の過程で何人かの「政界通」と言われる人と親しくなり、いまも関係をつないでいますし、報道の世界に40年近く身を置いたことも含め、お話しする一応の資格はあるかと思っています。

また、私の持論なのですが、岸田首相が総裁選に出馬しない、またはできなくなった大きな理由は「政治家不信」です。「政治とカネ」と「政治家とカネ」の違いと同様に「政治不信」でなく「政治家不信」だと私は主張しています。つまり、日本の政治システムに国民が不信を抱いているではなく、政治家という人に対する不信だということです。

裏金事件にしても、本来派閥は、所属議員がその派閥のトップを日本の総理大臣にして国をよくしたいという集団のはずですが、その派閥にいることでお金を得たいとか、自分の存在感を高めたいなどという不純な動機で集まる議員が少なくないことが根本的な問題です。派閥そのものに問題がないわけではありませんが、根本的には派閥に所属する政治家個人の志とか資質の問題なわけですね。これは一つの例です。

岸田さんが出馬を見送ったのも、岸田さんが首相のままでは選挙が戦えない、要は自分が選挙で落ちてしまうとか、裏金事件で多くが処分を受けた派閥を中心に「何でトップである総裁が責任を取らないのか」といった恨みに似た強い批判が出たからと言われていますが、これは政治家個人の事情であって、「いま直面する国内問題、ウクライナやパレスチナなどの外交問題は岸田さんでは対処できず、もっと適切に対処できる人に変えなければならない」という天下国家からみた理由からではないのです。

政策に対する評価より「選挙の顔」かどうか

実際、岸田さんの評判はさんざんのように見えますが、例えばアメリカでは、日本の防衛力を強化することで日米同盟を深化させ、さらに日韓関係も改善させたなどと高い評価を得ています。この内容には賛否があるのでそのまま評価することはできませんが、それにしてもこうした評価を前提に、もっとよい人を選ぼうという動きが総裁選にあるようにはとてもみえません。

いま名前が挙がっている人をみてみると、元環境大臣の小泉進次郎さん、前経済安保担当大臣の小林鷹之さんが40歳代の若手、外務大臣の上川陽子さん、元総務大臣の野田聖子さん、元経済安保担当大臣の高市早苗さんといった閣僚や閣僚経験のある女性3人が特徴的でしょう。若さと清新さ、そして初の女性首相というのは重要な要素です。さらに常連の石破茂さん、河野太郎さん、幹事長の茂木敏充さん、官房長官の林芳正さんという党内きっての実力者もいます。

ただ、先ほど述べたとおりこうした人たちを、「選挙の顔」としか見ていない人たちがいます。若さや女性であることは重要な要素ではありますが、それを国民の受けの良さや人気にのみ注目して「自分の選挙に有利だから」とその人を推すことはどうかと思います。

いま国内では、少子高齢化や気候変動に伴う豪雨や地震などの自然災害、不安定な経済状況、国外に目を移せば、あのトランプ氏の再選が注目されるアメリカ大統領選やウクライナやイスラエル・パレスチナでの軍事紛争、中国の動きなど、さまざまな問題があります。こうしたことに、どう取り組んでいくのかについて、総裁選で手を挙げた政治家は首相候補として、明確に語っていく責任があります。政治家としての責任です。