祈るように掴んだ左ポケットに“お父さんの識別表”

「お母さんやったよ!」
藤田選手の母・千恵さん
「メッセージと背番号の入ったユニフォームの写真が送られてきました。自分が野球をしたいという気持ちをもってずっとやってたからだと思いますね」
夏の甲子園、藤田選手にはもう1人喜びを報告したい人がいた。
青森山田 藤田一颯選手
「1番の『親孝行』ができましたし、ヒットを打てて恩返しができました」
『親孝行』。そう言葉を口にしたとき頭に浮かんだのは母親だけではなかった。
藤田選手は打席に入る前に祈るように左ポケットをギュッと掴む仕草をする。
青森山田 藤田一颯選手
「お父さんの識別表です。代打行くぞと言われた時に、これを触ってパワーをもらえた気がしました」。
識別表は航空自衛官として働き、小学3年生のときに天国に旅立った亡き父・一仁さんの形見だった。野球を始めたのは病気で父を亡くして1年後。それまで忙しい合間を縫って遊んでくれた父を失い、空白を生めるように始めたのが友人に誘われた「野球」だった。