戦争の記憶を未来へ「NO WAR プロジェクトつなぐ、つながる」です。日中戦争当時、中国で細菌兵器を製造していた旧日本軍・731部隊の一員だった男性が79年ぶりに現地を訪問しました。
清水英男さん(94)。旧満州、今の中国東北部で細菌兵器を製造、使用し、人体実験まで行っていた731部隊の一員でした。
当時14歳。細菌兵器の実験の手伝いをしていました。今回、清水さんは79年ぶりに731部隊の跡地を訪れました。
清水英男さん
「(Q.79年ぶりに731の跡地を訪れた印象は?)ずいぶん変わってしまって」
跡地は現在、中国政府が旧日本軍が行った細菌戦について伝える展示館になっています。
清水英男さん
「犠牲者の冥福を祈るために、私はそれを目的にしてまいりました。そういう冥福を祈るってことが私の今回の一番の、これは本当に現地の隊にいた人でないと、そういう気持ちはわからないと思います」
731部隊の一員であったことは忘れることはできないと語る清水さん。犠牲者に祈りをささげる、79年ぶりの訪問となりました。
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