佐伯教授の大動脈解離の手術
大動脈解離の解説は1話の解説をご参照ください。
今回は佐伯教授を助けるため、皆が力を合わせ、命を助けるためなら何でもやるという姿勢が凄く良く伝わるシーンでした。私がそれを最も強く感じたのは猫田さんが人工心肺を回し始めたところです。
「猫、心肺の準備は?」
「もうちょっとです」
「できたら回して」
「今、回します」と言ってチューブ鉗子を外す場面。
通常は医者の仕事ですが、命を助けるためなら、責任問題がどうとか関係ないのです。出来ないとか言わず、やらなければならない事がある。
渡海先生、高階先生、世良先生の手術シーンもすごくリアルなのですが、猫田さんの仕草もすごくリアルでプロフェッショナルです。凄くカッコいいシーンでした。
普通の医者
渡海先生の家を訪れた世良先生は渡海先生のお母さんにこう問います。
「渡海先生のお父さんはどんなお医者さんだったんですか?」
「どんなって、普通のお医者さん。患者さん一人一人に、常に一生懸命で、何日もうちに帰ってこない時があった」
渡海一郎先生は、息子にこう言います。
「お前はそのままでいい。普通の医者になれ。凡人こそいい医者なんだ」
術後の佐伯教授の病室で、去り際に渡海先生はこう言います。
「そのままでいい。普通でいい。医者は患者のことだけを考えろ。救え、ただ人を救え、俺の尊敬する、尊敬する医者の言葉です」
普通のお医者さんってどんなでしょう。
働き方改革という言葉があらゆる職場に蔓延してきて、新臨床研修制度の影響で楽な仕事しかしなくなった多くの若い医者たちは、大きな勘違いをして、自分たちも働き方改革をしなくてはと思い込み、どんどん、どんどん仕事をしなくなってきています。
効率よく仕事するとか、テキパキ時間内に仕事を終わらせて、時間外の仕事、人の仕事は絶対やらない、少しでも大変になると、仕事が多いとキレだす。担当患者が調子悪くても当直医に任せる。自分の入った手術の患者さんの管理もせず、当直医の仕事と割り切り、そそくさと家に帰る。早く家に帰ってゆっくり休む、みんなで飲みに行く、日曜日は趣味に勤しむ。休みがあってこそ日頃の仕事も効率的にでき、人生充実する。そんな若い医者たちが増え、彼らは病院に居続け仕事をする医師をどこか、非効率的な奴らでセンスがないとバカにしている。
私が心臓外科の研修をし始めた時、先輩方は全く休みませんでした。当直表の下には山岸は修行中につき休みなし、と書かれていましたし、それが当たり前であると自分でも思っていました。毎日毎日手術があって、毎日毎日術後の患者さんの様子を観察していました。空いた時間は縫合と糸結びの練習をして、病院で寝泊まりするのが当たり前でありました。お前は早く家に帰れと言われるほど、病院にいました。
思い入れのある患者さんが亡くなると、泣きました。御家族の前で泣きました。自分に何かできることはなかったか、自分はもう絶対にこういうことは繰り返したくない。とにかく何が悪いのか考えて、勉強して、それこそ論文を読みあさり、とにかく手術の練習をしました。
「どんなって、普通のお医者さん。患者さん一人一人に、常に一生懸命で、何日もうちに帰ってこない時があった」
渡海先生のお母さんの言葉は、実は自分の母親の言葉と酷似しています。私の父親も心臓外科医でした。私の母親も同じようなことを言っていました。
昔は、みんな医者はそうだったんです。いつの頃からか、多くの医者は患者さんを昼夜問わずにずっと近くで診ることができるという特権を、過重労働と思い始め、こんなにもダイレクトに人のために役立てる仕事を、とにかく効率よく、センスよくこなそうとしている。
患者さんにとって担当医は一人しかいません。手術も一回しかありません。どの患者さんも世界で一番できる医者に手術をしてもらいたいものです。世界で一番を目指す人が効率よく仕事こなすとかしていますか?金メダリスト、世界チャンピオンが効率よく、センスよく練習していますか?
私は医者1年目の最初に循環器内科の部長に「俺らは命を削って仕事をしている。そこに誇りを持て」と言われました。
命を捨てて患者を守った渡海一郎先生のように、命をかけて患者を救った佐伯教授のように、命を削って仕事をしていきたい。
手術成功率100%の渡海先生の天才的な手術手技は、亡き父の無念を晴らすという強い気持ちから生まれました。あの一見冷徹そうな渡海先生は、誰よりも患者さんのことを思い、父親のことを思っていました。思っているからこそ、尋常じゃない狂気的な縫合と糸結びの練習をして技術を磨き、天才の領域まで到達した。最後は人で、最後は人の気持ちであるということを、誰よりも強く思っていると渡海先生は自身で示していました。「こういう時の声が届くぞ、声かけてやれ」と。
命を助けたいという強い気持ちを持って、命を削って患者さんのために尽くしたい。医師として当たり前で、普通の姿勢を「ブラックペアン」は教えてくれました。
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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科
山岸 俊介
冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。