横山の失敗(急性大動脈解離の手術)と渡海の凄さ
佐伯式の手術予定であった特別室の宮崎さんが急性大動脈解離になってしまいます。急性大動脈解離は突然大動脈の壁の内側に裂け目(亀裂:エントリー)が入り、大動脈の壁が裂けてしまう病気です。壁が裂けて血液は壁の中にどんどんと入っていってしまいます。壁は薄くなりひどい時には大動脈は破裂し大量に出血して命を落としてしまう場合があります。非常に怖い病気で発症した時には半分の方はその場で亡くなってしまうとも言われています。発症頻度は1年間に10万人中5人前後との報告がありますので、頻度としては少ない病気ですが、有名人の方々もこの病気にかかられ一時期話題となりました。
心臓から大動脈が出て全身に血液が流れるのですが、心臓から出てすぐの大動脈の部分を大動脈基部と言います。その上を上行大動脈と言います。上行大動脈の壁が割けている状態をA型解離といい、緊急手術の適応となることが多いです。診断は造影CTで行います。宮崎さんは造影CTを行い上行大動脈に解離があり、緊急手術となりました。
解離の手術では壁の内側の裂け目(亀裂:エントリー)がある部分を人工血管に取り替えます(置換する)。裂け目をそのままにするとどんどん血管の中に血液が入っていってしまうからです。A型解離の場合、上行大動脈の内側に裂け目(エントリー)があれば、上行大動脈を人工血管に取り替えなければならず、その上の弓部大動脈に裂け目があればトータルアーチと言って上行大動脈から弓部大動脈まで人工血管に取り替えなければなりません。基部に裂け目がある場合は基部を取り替えなければなりません(基部置換術または基部再建術)。
つまり大動脈の内側のどこに裂け目があるかを見つけてその部分を人工血管に取り替えなければならないのです。
宮崎さんの場合、モニターを見て佐伯教授が「上行大動脈(の内側)に裂け目があるな。横山、上行置換しておけ」と指示を出します。これは的確な指示で、上行大動脈に裂け目(エントリー)がある場合は上行大動脈を人工血管に取り替える手術をしなければなりません。ただ、オペレーター(執刀医)は必ずやらなければならないことがあります。基部の内側に裂け目(エントリー)がないか、入り込んでいってないかを確認しなければならないのです。もし基部に裂け目を残したままにすると、そこからどんどん血液が基部の血管の壁に入っていって、ひどい場合は破裂してしまいます。心臓外科医として当たり前のことを教授の指示を鵜呑みにした横山は怠ってしまったのです。
実際上行置換をした後に基部から大出血をするということは、私自身は経験ないのですが、十分にあり得るシチュエーションです。そうなったら、まさに横山のように頭がパニックになります。基部が破裂してしまうと、基部から出ている冠動脈(心臓自体に酸素や栄養を送るための血管)への血流が減少してしまうために、心臓が痙攣してしまいます(心室細動)。
冠動脈への血流が落ちてしまうということは、心臓の筋肉にきちんと血流がいかないということですので心筋はだんだん弱ってしまいます。モニター室の高階が「そろそろ時間切れになるぞ」と言ったのは「冠動脈の血流が落ちてしまって心筋に血液が行かずにもう少ししたら心筋障害が進んでしまって取り返しがつかなくなるぞ」ということです。
このようなシチュエーションになったら、再度大動脈(この場合は人工血管)を遮断して心筋保護液を流して心臓を止めて(保護して)、基部を取り替えなければなりません(基部置換または基部再建術)。渡海は冷静に「はい、基部の再建するよ〜遮断鉗子」と言ってあっさりと基部の再建を行います(基部再建は結構大変な手術です)。あまりの手技の早さに助手2人も圧倒され、全く手が出ていません。
通常であれば、手術は執刀医がいて第一助手がいて、第二助手がいて皆で協力して手術を行うのですが、渡海は一人ですべてできてしまいます。助手を必要としないほど能力が長けているのです。それは他の外科医の能力を全く当てにしていない、自分の領域には誰も到達できないと確信している証拠でもあります。できないやつは下手に触るんじゃねーということの現れです。
外科医の中には自分の失敗を人のせいにする外科医がいます。やれ助手が悪いだとか、麻酔科が悪いだとか、看護師が悪いだとか…。「問題はその指示を鵜呑みにして基部を確認せずにオペを続けた執刀医にある」。すべての責任は執刀医にある。渡海は外科医として非常に当たり前の事を身をもって体現しているのです。
※現在の僧帽弁手術は特殊な状況でない限りは、安全に心臓を止めて行っております。心筋保護技術が非常に進んでいますので心停止をしたからといって心筋障害が明らかに進むということはありませんのでご心配なく。
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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科
山岸 俊介
冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。