福島県の原発事故の被災地では、年々、移住する人が増えています。今回は、東京・渋谷から、飯舘村に移住した男性に話を聞きました。男性が目指すのは「飯舘村と若者の街・渋谷のかけ橋」になることです。

まっすぐ前を見据えて飼い主を待つ「忠犬ハチ公」像。

東京・渋谷のシンボルとして有名ですが、県内にもそのオブジェが置かれている場所があります。飯舘村の道の駅「までい館」です。

塚越栄光さん「渋谷の駅の近くの商店街組合から、ここ飯舘村に」

そう話すのは、10年前に「ハチ公」のオブジェを村に贈った塚越栄光(つかこし・ひでみつ)さんです。

東京・渋谷で造園業を営んでいた塚越さん。

震災後、県内の子どもたちを都内に招き、渋谷駅前の商店街沿いのプランターに県産の花を植えるイベントを行うなど復興を支援する活動を続けてきました。

塚越栄光さん「直接的な応援になるか分からないですよ。これで除染が早くなるわけではないし、気持ちの面で何か勇気が出ればいいなと。」

その活動の一環で、2013年に渋谷から飯舘村に贈ったのがこのハチ公のオブジェでした。

塚越さん「(村民が)村にまた戻れるまでにずいぶん時間がかかるというのが分かり始めたというか、何となく分かった時期があった。そこでこのハチ公を思いついた」

原発事故でおよそ6年間にわたり、全村避難を余儀なくされた飯舘村。飼い主の帰りを待ち続けたと言われるハチ公を、村民の帰還を願うシンボルにしてほしかったと塚越さんは当時を振り返ります。

塚越さん「(ハチ公は)帰ってきてほしい待っているんだよという思いを持っているものなので、その時の飯舘村には絶対必要だったと思ってる」

村民「すごくかわいいなと思いました、最初は。飯舘村の守り神というか、強い味方だと思う