白河市東釜子に佇む「山口こうじ店」。160年の歴史を誇るこの老舗が今、6代目の手によって新たな挑戦の道を歩んでいます。

もともとは麹を作るメーカーとして始まった山口こうじ店。地主であった有賀醸造の蔵守から派生し、麹屋としての歴史を紡いできました。正式な記録では明治6年創業とされ、約160年の歴史を持ちますが、地域の歴史書によれば200年ほど続くのではないかとも言われています。

日本を代表する発酵食品の基盤である米麹。そして、それを加工した味噌や、「飲む点滴」と称されるほど栄養豊富な甘酒。山口こうじ店は、これらの伝統的な製品を作り続けてきました。

3日間で売上3,000円からの再起

今年6月、父から事業を受け継いだのが6代目社長の山口和真さんです。しかし、彼が大学院を卒業し白河に戻ってきた当初、業界は厳しい状況にありました。

「私が帰ってきた段階で、この業界自体がかなり下火になっておりました」と山口さんは振り返ります。売上が立たない中、なんとかしようと物産展に出店したものの、3日間でわずか3,000円ほどの売上しかなく、厳しい現実を突きつけられました。

この経験が、6代目のすべての始まりでした。「ただ物を売るだけじゃなくて、その売れる環境を作るって仕組みを作らなきゃいけない。他社がやらないことに価値がある、というふうに私は考えましたね」

1万5,000件のレシピを武器に業界の常識を覆す

山口さんが目をつけたのは、業界では珍しいOEM、つまり委託された他社製品の開発・製造でした。開発には膨大な知識とレシピが必要でしたが、山口こうじ店は挑戦を恐れませんでした。

「いろんなメーカー様の、こんなこと絶対できないだろうなっていう案ですら、一度トライをするんです。そうすると失敗したという知識とレシピが得られるので、そこからどんどんどんどん積み重なって」

その結果、今ではデータ化されたレシピは約1万5,000件にものぼります。この膨大な蓄積が、新たな案件に対して的確な提案を可能にする強みとなりました。

さらに、約30から40種類もの麹菌を使い分け、顧客の要望に最適なものを選択して提案する技術は、他社にはない独自のものです。「これはもう、多分ほかのどのメーカーもやってない、うち独自のものだからこそ選ばれてるっていう自信がありますね」と山口さんは語ります。

7年の歳月をかけ、今では約130社の商品作りを支えるまでに成長。その背景には、未来への投資を惜しまない姿勢があります。常に新しいものを取り入れ、他社を圧倒するほどの設備投資を続けながら、小規模作業は手作業で効率化を図る。これが変化を恐れず走り続ける山口こうじ店の現在の姿です。

「甘酒」の名を捨て、新たな世代へ

そして今、和真さんはさらなる挑戦に踏み出しました。東京の企業と組み、新たなブランド「KIKU stand」を立ち上げたのです。その第一弾として、福島駅構内に期間限定の店舗をオープンしました。

「今必要な栄養素を取っていただいて、体に直接効くような新しいドリンクを作りたい」という思いから生まれたこのブランド。ベースは甘酒ですが、白砂糖は一切使わず、米と麹の力だけで自然な甘さを引き出しています。フルーツと合わせることで飲みやすく、栄養も補える一杯です。

驚くべきことに、店頭では「甘酒」の文字も「山口こうじ店」の名前も出していません。その理由を山口さんはこう説明します。「発酵食品の注目度は上がってる状況ではございますが、消費量に関してはずっと右肩下がりでございます。この甘酒という名前で、多くのお客様がですね、忌避感を覚えてる方がすごい多いっていうのが現状でございます」

だからこそ、名前を変え、これまで甘酒を手に取らなかった若い世代にも発酵食品の良さを届けたい。その願いは、着実に届き始めています。

「おいしかった。私、甘酒苦手なんですよ。苦手だったけど飲みました」と語る客も。甘酒が苦手な人でも「これはおいしい」と感じる、新しい発酵ドリンクの誕生です。

日本の血管に、健康を乗せて

山口さんは今後の展望を熱く語ります。「いわゆる鉄道って日本の血管って呼ばれてるので、血管に乗せて健康を運ぼう、KIKUのドリンクから健康を運ぼうっていう思いから、今新幹線の駅、テナントをどんどん回っていこうと」

「今選択肢を間違えれば、10年後は絶対生き残れないです。だからこそ私はもう必死にもがきますし、常に安心しない、手を抜かない、ほかのメーカーがやらないことを徹底的にやっていこうってずっと思ってるので」

麹という小さな菌と共に歩んできた160年。老舗の看板を守りながら、新しい景色を目指す6代目の挑戦は、まだ始まったばかりです。

『ステップ』 
福島県内にて月~金曜日 夕方6時15分~放送中
(2026年9月10日放送回より)