妻子らを銃で次々と

家族ごとに整列し、男性が妻子や親族らを銃で撃っていったといいます。銃声は1時間に渡り鳴り響きました。

生き残った女性の証言:
「弾のあたった瞬間のガサッという母の顎の骨の砕ける音が今もなお忘れられません。(中略)生きていることがわかれば殺されると思って私は母の死体のかげで死んだふりをしていました」『麻山事件』(中村雪子 草思社 1983年)より

中国・麻山(1984年)団員たちの亡骸はしばらくの間、農地でそのままにされていたという

集団自決の現場を目撃した男性の証言(1984年取材)
「きれいに並んで一家族ずつ6人ずつ固まって、死にきれずに動いている方、はいずり回っている方、火薬のにおい、血なまぐさい状態、普通なら目にできない状態でした」

名簿によると、集団自決の犠牲者は500人以上に上ったとみられます。さらに年齢構成からは事件の異様さが浮き彫りになっています。