なぜ仏教徒の手を離れたのか

中世インドで仏教が衰退した際、この聖地は事実上放棄状態となりました。その後、ヒンズー教シヴァ派の僧院(マハント)が管理を始め、数百年にわたってこの状況が続いてきました。

19世紀末、スリランカの仏教改革者アナガーリカ・ダルマパーラが荒廃した聖地の現状に衝撃を受け、仏教徒への返還運動を開始しましたが、英国植民地政府下での政治的妥協により、現在の「共同管理」制度が生まれました。

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現在の管理体制を定める「1949年ブッダガヤ寺院法」では、寺院の管理委員会が議長1人(ヒンズー教徒であることが多い)とヒンズー教徒4人、仏教徒4人で構成されています。

つまり、ヒンズー教徒が最大5人、仏教徒が4人という構成になっていて、仏教徒が自らの聖地を自律的に管理できない状況にあります。

そこで、仏教徒による管理権を求める運動が続いています。その中心にいるのが、半世紀以上にわたってインドで仏教復興運動を続けてきた佐々井秀嶺さんです。