更なるスピードアップへ 速度メーターの数字がどんどん上がる!
映像は、ここからはひたすら運転席の様子です。今回も克明に、カメラはスピードアップの模様を捉えていました。
【画像④】には、運転室に運転士を含む、JR西日本の乗務員の方が3人。ここにカメラマンと記者がお邪魔していたとしたら、それはもうギュウギュウたることこの上なしです。

午後10時08分、新下関駅を出発した「グランドひかり」は、しばらくすると営業速度の230km/hに到達します。そこから更にスピードを上げ。。。やれんのか?275キロ。
そして「電車でGO!」でも見たことがあるメーターの数字が、ぐんぐん上がっていきます。来たぞ、272キロ!【画像⑤】

車両の揺れは?騒音は??1990年当時の、おそらく最先端技術の粋を集めた測定器を使って、データを集積していきます。
研究室のような車内【画像⑥】。普段使っているシートにはビニールがかけられ、カーディーラーで販売中の新車のようにも見えます。。。見えないか。

そして運転席のメーターは、1キロ上がって273キロに【画像⑦】。さらに1キロずつ刻んでいって、ついに275キロに到達しました!【画像⑨】
ちなみに、この時のカメラは捉えていませんでしたが、京都鉄道博物館に問い合わせたところ(ご協力ありがとうございました)このあと翌日の午前6時12分過ぎに小郡駅(現在の新山口駅)



やった!やったぞ275キロ超え!
ただ残念なことに、このテスト運転では、時速255キロを超えたあたりで騒音が急激に増加。時速275キロでの騒音が環境基準をクリアできなかったそうです。
このため100系新幹線は、営業運転で275キロまで出すことはなく、その後も時速230キロで運転を続けたということです。

利用客獲得へ、飛行機との激しい競争が続いていた新幹線・新大阪~博多間。めざす「新大阪~博多・2時間半(20分短縮)」は、次の「300系」誕生までお預けとなりました。

さぁ、次回はいよいよ300系が登場か!?と思いきや、「山陽新幹線開業20年、もたらしたものは何だった?」という大特集が控えていました。。。今から30年近く前になりますね。
【第9回】『新幹線開業がもたらしたものは?(1992年)「東京日帰り出張が可能に( ノД`)トマリタイヨー」「通勤が楽に(´∀`)ハヤイ」』
に続きます。
【1回目】「君は新幹線「951形」を知っているか?「0系」でも「100系」でもない2両編成の超貴重画像を発掘」
【2回目】「新幹線『0系』ビュッフェにあった『速度計』覚えてる?そして急行電車『153系』など貴重な画像も」
【3回目】「君は『特急はと』を見たことがあるか?新幹線博多開業で姿を消した『ボンネット型485系・はと』最後の雄姿」
【4回目】「新幹線100系『2階建て』『ロングノーズ』衝撃のデビュー『2階建て車両1階 めちゃめちゃ小さな窓』の正体は?」
【5回目】「新幹線100系『最高時速230キロ化』へ走行試験(1988年)キャスターが試乗会で同乗したら『時速231㎞出てた!』」
【6回目】「『青鼻』の0系新幹線が現れた なぜ青い?その正体は...そもそも『新幹線の鼻』の中には何があるの?」
【7回目】「君は新幹線100系『グランドひかり』を覚えているか 2階建て車両が4両に!」