入院病棟は使えないまま

胡桃ちゃんの母・松﨑久美子さん「本来ならね、胡桃ちゃん。入院させて治療してあげたいって。でもそれができなくて申し訳ないって、主治医が私にも胡桃にも何度も謝られた」

無事だった建物を使って外来診療は再開されましたが、患者が入院できる病棟は使えないままでした。

地震から3か月後、胡桃さんは自宅で呼吸困難を起こし、別の病院に運ばれましたが体調は悪化するばかりでした。

胡桃ちゃんの母・松﨑久美子さん「本当は本来の主治医に治療してほしかったし、市民病院に帰りたかった」

十分な治療が受けられず、地震5か月後の9月16日に亡くなった胡桃さんは、災害関連死に認定されました。

胡桃さんの自宅には、15歳の誕生日に熊本市民病院のスタッフから贈られたバースデーカードが、今でも大切に残されています。

そこにメッセージを寄せていたのが胡桃さんの主治医で地震当時、小児循環器内科の部長だった八浪浩一医師(66)です。

2026年4月2日、熊本市民病院。

熊本市民病院 八浪浩一医師「調子が悪くなった時はこちらに連絡してもらって、必ず対応する。うちで必ず診るという気持ちで、私たちはやってきたつもり」

地震後、担当している患者を十分に治療できなくなり、医師たちも苦しんでいました。

熊本市民病院 八浪浩一医師「赤ちゃんの時からずっと診ている患者ですし、最後までうちで治療すべき患者さん達だった。うちでやったからどれくらい頑張れたかは分からないが、患者さんも望んでいたし、私たちも震災がなければ、最後まで診療していた」

なぜ熊本市民病院の耐震化は進まなかったか。