◆「日本人として生まれた」自分だからこそ言えることが

体育館はいっぱいに

亡くなった父親が在日コリアンだったことを明らかにしている安田さんは、ネット上で「朝鮮半島に帰れ」など差別的な言葉を投げかけられるようになっています。あまりひどいので、このうち2件について裁判を起こしました。講演を聴いていて衝撃的だったのは、そのうち1人は福岡県に住む人だったことです。この方とは和解しましたが、もう1件は2023年6月、相手方に30万円の賠償命令が下りています。

安田:地域の方々が声を上げ続けて2016年5月に成立したのが、ヘイトスピーチ解消法でした。理念法ではあるんですけれども、私自身のヘイトスピーチの裁判の中でも引用されたこともあって、決して無駄な法律ではないと思っています。 

そして2019年12月、川崎というコミュニティの中ではとても大きなことだったんですが、全国に先駆けて初めてヘイトスピーチを刑事罰の対象にするというヘイトスピーチ禁止条例が、全会派一致で可決されます。川崎市議会にだって、いろいろな歴史認識の、いろいろなバックグラウンドの議員さんたちがいます。その中でも、「でもこれは許されないよね」という一点で議会が一致できることがあるんだ、という意味でも、川崎市議会の決定はとても希望的なものだと私自身は感じました。 

安田:ヘイトスピーチ禁止条例ができたところで、全てのヘイト行為が全部止むということでなくて、駅前では相変わらず突発的なヘイト街宣は繰り返されてはいるんですけれども、それでも一時期のあの大規模なデモは起こらなくなりました。 
私自身は日本人、日本国籍者として生まれ,けれども父親のルーツは朝鮮半島にあるという私自身の立場だからこそ、もしかしたら届けられるものがあるかもしれないと考えています。 
「ここにこんな問題がある。気がついていますか?」「気がついたあなたはどんなふうに感じますか」という投げかけを、写真と言葉で私自身も続けていきたいと思っています。

◆フラットにせず「違いは違いとして」

語りかける安田菜津紀さん

自分ならではの立場だからこそやることがあるのではないかと考えて、ジャーナリスト活動を続けている、と話していましたが、本の中で安田さんはこう書いていました。

この社会に存在する国籍や出自、ルーツや文化の「違い」は、「なくすもの」でも「乗り越える」ためのものでもない。だからこそ「皆、地球人」という、フラットに均してしまう語りにも違和感がある。違いが違いとして、ただそこに自然と存在することができる社会が、生き心地のいい場所なのだと、私は思う。(213ページ)

講演会後の著書サイン会で


自分のアイデンティティにこだわって、いろいろなことを調べていく。祖父母が住んでいた場所では全く痕跡も残ってないとがっかりしながら、それでも安田さんは少しずつルーツを探っていく旅をしていった――。

私たちの社会を朝鮮半島と考えて見ると、合わせ鏡のように日本が見えるといつも思うのです。この本を読んでいくと、安田さんを助けようとするいろいろな人々の素顔、優しさが出てきます。一方で、本当にひどいヘイトが出てきます。これも合わせて日本の姿だなと思いながら読みました。


安田菜津紀書『国籍と遺書、兄への手紙――ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ刊、税別1900円)

「読んでみたいです」と放送後に安田さんの著書を持ち帰った橋本由紀アナウンサー


※放送終了後、番組MCの橋本由紀アナウンサー(入社1年目)が「読んでみたいです」と言ってきたので、貸しました。


◆神戸金史(かんべ・かねぶみ)

神戸金史・RKB解説委員長(左)


1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件や関東大震災時の朝鮮人虐殺などを取材して、ラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。近著に、その取材過程を詳述した『ドキュメンタリーの現在 九州で足もとを掘る』(共著、石風社)。