三弥子さんの夢は”砂漠の緑地化“から”自然を生かした公園設計“へ
3年生になると、三弥子さんは進路の方向をやや転換した。
“砂漠の緑地化”から“自然を生かした公園設計”へ。
そのために、3年の夏休みには単独で北海道へ渡った。
大庭茂彌さん
「北海道までは舞鶴(京都府)からフェリーで行って、8月の景色を見よったらしいんです。それもね、やっぱ日本は縦長いでしょ。だから同じ8月でも鹿児島の8月と、北海道の8月は違うですね。それで北海道から帰ってきて、盆を過ぎて帰ってきて、それから鹿児島に行ったんです。だからそこの1か月の間に日本一周したんです。僕も最初はね、そこまでね、常にバイタリティーがあるとは思っていたんですけど」
4年生でドイツに留学することも検討していた。
大庭茂彌さん
「先生から一応4年で大学を出て、大学を卒業してから留学をせれっていうふうに言われて、そしてそれで準備をしよったらしいんです。(三弥子さんが亡くなって)部屋に入ったら、中の品物を片付けに行った時にドイツのいろんな雑誌などありました。行かずじまいになったけど」
自分の卒業後の人生を具体的に思い描きながら歩んでいた三弥子さんが飲酒運転の車により命を奪われた事故。
「娘さんが事故にあって、一刻の猶予もならんからすぐ鳥取まで来てくれ」
大庭さんは警察からの電話でその事実を知った。
※祐誠高校(福岡・久留米市)で開催された大庭茂彌さんの講演は前・中・後編で掲載しています。(この原稿は前編)
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