■初出馬 闘魂注入で「言うこと聞きませんから」

朝番組のキャスターの出勤は早い。2010年、朝の番組でキャスターを務めていた高島氏が市長選に出馬するのではないかとの情報が入り、午前1時から自宅前で1人カメラを持って待ち構えた。真っ暗な中で出てきた高島氏に出馬の意思があるのか尋ねたが、動揺していたのか「答えようがない」と話すのみで、足早に去って行った。



それからしばらく雲隠れした後、出馬を表明した高島氏。慣れない選挙戦で、名刺の束を地面にばら撒いてしまうこともあったが、徐々にその個性を発揮していく。影響を受け親交があったアントニオ猪木氏から闘魂を注入された際、自らを擁立した自民党の市議に対し、次のように宣言していた。

高島宗一郎氏(2010年):
「推薦されていますけど、簡単に言うことを聞きませんから。市長になった後は自分の思う通りにしますから」





大混戦の中から前職や他都市の市長経験者、元教育長らを制して初当選。福岡市長としては最年少の36歳だった。「政治の素人に何ができる」「タレント市長」との陰口もつきまとった中、選挙戦の時から掲げたスローガン「発信力」を武器にする。会見では、キャスター時代と同様にフリップを持つなど「画作り」を意識。SNSでも積極的に発信していった。