2024年のノーベル文学賞は、アジアの女性として初めてハン・ガン(韓江)さんが受賞し、大きなニュースとなった。一般にはまだ馴染みが少ない韓国文学だが、実はハン・ガンさんの著作はすでにほとんどが日本語訳されているという。韓国文学を日本国内に広めてきた翻訳家、古川綾子さんの講演を取材したRKB神戸金史解説委員長が11月5日のRKBラジオ『田畑竜介GrooooowUp』で詳しく伝えた。

受賞後は書店で売り切れ続出…大増刷中

ハン・ガンさんは韓国生まれの女性で53歳です。韓国人がノーベル賞に選ばれたのは、2000年に平和賞を受賞したキム・デジュン(金大中)元大統領に続いて2人目で、韓国で大騒ぎになっているみたいです。でも、韓国文学になじみのある人は少ないと思います。私もその一人です。福岡市の書店、ブックス・キューブリック箱崎店で「ハン・ガンさんの本はないですか?」と聞いたら1冊だけ『別れを告げない』という本があったので買って読みました。他の作品は市内の別の書店に行ってもどこにもなくて、やっと今、増刷で少しずつ入り始めています。

ハン・ガンさんの本も日本語に訳したことのある翻訳家、古川綾子さんが、受賞後の10月26日、福岡市で講演しました。

古川綾子さん=主催者提供

古川綾子さん:
韓国のハン・ガンさんがノーベル文学賞を受賞しました。数年前から候補の1人に入っているという話は聞いていたんですけれど、本を作っている側は誰も予想してなかったんですね。今年、まさか受賞するとは。今までのノーベル文学賞の慣例から言っても、もう少し後になるのかなと思っていたので、本当に青天の霹靂(へきれき)というか、全然予想してなかったことなので、急にあちこちで取り上げていただいて、(私も)忙しくなって、非常に幸せな2週間を過ごしているところです。ちなみに「ハン・ガンさんの本を読んだことがある」という方はいらっしゃいます?あ、やっぱり!結構たくさんいらっしゃるんですね、ありがとうございます。

古川さんは、ハン・ガンさんの本などを訳している、第一線の翻訳家です。

【古川綾子さん】
神田外語大学韓国語学科卒業。延世大学教育大学院韓国語教育科修了。神田外語大学講師。NHKラジオステップアップハングル講座2021年7-9月期『K文学の散歩道』講師を務める。主な訳書にハン・ガン『そっと静かに』(クオン)、キム・エラン『外は夏』、キム・ヘジン『娘について』、チェ・ウニョン『わたしに無害なひと』(いずれも亜紀書房)、チョ・ナムジュ『ソヨンドン物語』(筑摩書房)、イム・ソルア『最善の人生』(光文社)、チョン・ハナ『親密な異邦人』(講談社)など。ユン・テホ『未生ミセン』(講談社)で第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。

翻訳者・出版社が手弁当で翻訳を刊行

その古川さんを、九州大学韓国研究センターが呼んで、九大西新プラザで開いた「韓国文学の魅力」と題した講演会でした。

九大西新プラザで

古川綾子さん:
普通、ノーベル文学賞に選ばれると、「今年の(受賞)作家は、こういう人なんだ」「日本語に翻訳しなきゃ」と、そこから翻訳作業が始まることがほとんど。翻訳をして出版の作業を経て、実際に本の形になって販売されるのは最短でも半年とか1年ぐらいかかるんです。ただ、ちょっとこれは自慢と言うか、誇らしい部分でもあるんですけれど、実はハン・ガンさんの本はもうほとんど日本語に訳されていて、ずいぶん前から日本語で読める状態なんです。ノーベル文学賞を受賞したと同時に、皆さんに「これだけハン・ガンさんには素晴らしいものがありますよ」とお見せできる状況がもう既に整っている。これは、私たち翻訳者としてはすごく誇らしいことでもありますし、これからも努力を続けていかなきゃとも思っています。

古川綾子さん:
ただ、最初からこういう環境があったわけではなくて、韓国文学はここ数年ブームのようにあちこちで取り上げていただけるようにはなったんですけれども、我々が手弁当で一つずつ地道な活動をずっと続けていって、いろんなところで少しずつ取り上げていただくようになったという経緯もあります。

本屋さんの棚には「アメリカ文学」とかはありますが、以前は「韓国文学」という棚はなく、韓国の本は「その他の文学」と分類されていたそうです。ところが2010年代に入ってから、各出版社で韓国文学のシリーズが出されるようになってきた、と古川さんは話していました。福岡市の出版社、書肆侃侃房(しょし・かんかんぼう)が2016年に刊行を開始した「韓国女性文学」14冊も例に挙げられました。

【韓国文学のシリーズ化】
2011年~ クオン「新しい韓国の文学」23冊その他多数
2016年~ 書肆侃侃房「韓国女性文学」14冊
2017年~ 晶文社「韓国文学のオクリモノ」6冊
2018年~ 亜紀書房「となりの国のものがたり」13冊その他作家シリーズ
2020年~ 新泉社「韓国文学セレクション」15冊

翻訳者と出版社の地道な取り組み

こういった出版社の地道な活動、それに翻訳者が「これを訳したい」と思って進めた地道な活動を通して、ハン・ガンさんの本はほとんど日本語で読める。これは珍しいことなんだそうです。若くて、ノミネートされて何年も経っているという方ではないですから。