”海女発祥の地”鐘崎 「海の道」で能登半島とつながる

今林隆史記者「海女発祥の地とされる宗像市の鐘崎地区。能登半島と深い縁がありました」

潜水漁を生業とする海女発祥の地とされる鐘崎。「海の道」で能登半島とつながっていたのです。

良い漁場を求め各地に出稼ぎに行っていた鐘崎の海女は、対馬海流に乗って700キロ離れた能登半島にも移動していました。
海の道むなかた館・岡崇さん「山陰の方で漁をしていた人が遭難をしてですね、漂流をいたしまして、流れ着いたのがたまたま石川県輪島だったと。そこでまたその方々が漁を始めてですね、海女が潜って。獲れたアワビをまたこの九州の方に持ってくる。ということでその後ですね、冬の2月に輪島に来られて、そしてまた秋に戻ってくるということを繰り返していたようです」

およそ400年前の江戸時代には、鐘崎から輪島市海士町に移り住んだという記録が残っています。

鐘崎と海士町は、生活習慣が似ていると言われているほか、湯気のことを「ほけ」と言うなど共通している方言が複数あります。
宗像漁協・八尋時男組合長「輪島の海士町は、うちの先祖が移り住んだということを聞いて、何らかの支援をしてみらんかって考えてみらんかというのがきっかけで、皆で話して少しでも応援できる部分はしていきたい」

能登半島地震の後、鐘崎の漁師たちは同じルーツを持つ海士町の漁師を支援しようと義援金を集めてきました。

宗像漁協八尋時男組合長「漁師は漁に行って初めてやはり漁師ですからね。復旧復興が一番ですけど。その前にやっぱり漁に行けるようになってほしいと思います」







