◆現代人には受け入れられない当時のリアル
フィクションであっても、歴史小説的な要素もあるのだとすれば、スマートフォンが出てきちゃいけないし、近代の考え方をそのまま主人公が持っていたというのも、やり過ぎだと思います。
もちろん、時代が違う現代の人間には受け入れられない要素はあります。今、大河ドラマなどでほとんど描かれないのが「首を切る」という行為。戦国時代は、いくつ首を持って帰ってきたかが、戦では一番大きな褒められる理由でした。髷(まげ)を帯に結んでぶら下げて帰ってくるというシーンはないでしょう。だけど実際はそうだったわけです(それをあえて描いた映画が、2023年の北野武監督『首』)。
もう一つ、僕が時代劇で気になっているのは、若いアイドルが主人公を演じた時、月代(さかやき)を剃っていないこと。武士は前髪をそり落として、後ろはちょんまげ。月代をきちんと剃っていないことは、江戸時代の身分社会の中では「侍ではない」と言っているようなもので、あり得ないことなんです。ところが今、そういう場面が多くなっています。ここはけっこう抵抗感があります。
では、女性の鉄漿(おはぐろ)はどうなんだ、と言う方がいるかもしれません。既婚女性は、白い歯を青黒く染めるが当然でした。でも現代の感覚では「気持ち悪い」という感じがすると思うんです。「どこまでを描くか」は、その時代の人、社会、視聴者がどこまで許容できるかにかかっています。
※時代考証に関わるおすすめ書籍3、4(神戸の本棚より)

『三田村鳶魚江戸生活事典 新装版』(三田村鳶魚著、稲垣史生編、青蛙房)
『江戸編年事典 新装版』(稲垣史生編、青蛙房)
三田村鳶魚(1870~1952)は江戸文化・風俗の研究家。稲垣史生(1912~1996)は時代考証家として1968年NHK大河ドラマ『竜馬がゆく』など数々のドラマで考証を担当した。
◆「どこまでを描くか」は演出家の判断
NHKで以前、時代考証を担当していた大森洋平さんの著書『考証要集 秘伝! NHK時代考証資料』が自宅の本棚にありました。
番組によってゆるくもきつくもなりますが、いずれにせよそこからはみ出してはいけない。昭和三〇年代を描いたドラマがどんなに感動的であっても、その時代にない 「立ち上げる」なんて言葉や、スマートフォンが出てきたら芸術祭で物笑いのタネになるだけです。(21ページ)
実際に時代考証担当者は、いろいろなアドバイスをするのですが――。
考証会議ではあまりに陳腐でない限りストーリーそのものを改めるようなことはなく、またそこでの結論をどこまで取り入れるかは演出者の判断で、考証者は意見具申役に徹します。(21ページ)
「こうであるべきですよ」とは言うけれど、採用するかしないかはドラマの作り手が決めていく。ドラマの作り手には「どこまで許されるだろうか」「どこまで攻めてみようか」「どこまで遊んでみようか」とか、そういった判断が求められています。
※時代考証に関わるおすすめ書籍5(神戸の本棚より)

『考証要集 秘伝! NHK時代考証資料』(大森洋平著、文春文庫)
わかりやすさには定評がある、楽しいお読みもの。







