◆50代からでもアップデート可能というメッセージ

とはいえ、ドラマのストーリーの線で追っていくと、タイムスリップしたからといっていきなりコンプライアンス感が最新のところにアップデートすることの方が不自然なわけで、昭和の視点のまま令和に来てしまったって人が、昭和の常識と接点を見いだしていくところにリアリティがあるので、「自分の娘だったら」ぐらいの感じというのは、いい着地なのかなと思います。

今後の展開でも、ずっと市郎は成長していくのだろうと思います。50歳ぐらいという設定なのかな。なので、もう出来上がっちゃったおじさんみたいに見えますが「実は50代からでもアップデートできますよ」という宮藤さんのメッセージのように僕は捉えています。

◆時代の功罪をフェアな視点で

僕自身、昭和生まれで平成を丸々生きて今令和にいるわけですが「昭和よかったよね」っていうだけの会話に終始するような、そんな大人ではいたくないなといつも思っています。令和にだっていいところはたくさんあると思っているんです。

ドラマの中でセクハラ、パワハラ、コンプライアンス、こういったものが社会を窮屈にしているということをシニカルに描いているし、その通りだと思うんです。ドラマを見た人が「今、息苦しいよね」というところに共感する方もSNS上では多いようです。

でも、僕はやっぱり、小さきものの声、弱きものの声をすくい上げるツールとして考えるとやっぱり、SNSで救われてる方もたくさんいると思うんですね。

その功罪をフェアな視点でジャッジしながら、今の時代のどの部分を残してどの部分を我々は育てていけば良いのか。その先にどんな、より良き未来があるのかっていうのを考える、そんなきっかけとしてこのドラマが作られているんじゃないかな。そんなふうに宮藤官九郎さんの頭の中を探ってみています。