長崎原爆青年乙女の会会長の小峰秀孝さんが、先月亡くなっていたことが分かりました。

小峰秀孝さんは4歳のとき、爆心から約1.5キロの西郷狩股の自宅近くで、木に登ってセミ取りをしていた時に被爆しました。
原爆の熱線によって、両手足や腹部、足にやけどを負い、右足はケロイドで変形。小峰さんは真っすぐに歩くことができず、横歩きで小学校に通学し「腐れ足」などとあだ名をつけられるなど苛烈ないじめや差別を受け続けました。

3回の手術をへて真っすぐ歩けるようになりましたが、足は生涯変形したままでした。妻にも足のことをなじられ離婚、理容師として働きながら男で一つで子供3人を育てました。

過酷な被爆者としての人生の中、「戦争や原爆の恐ろしさを次の世代に伝えていくことが役目」との思いから、被爆の語り部として活動し、核兵器の非人道性を訴え続けました。
1996年には、被爆者として生きてきた過酷な半生を赤裸々に綴った著書「じいちゃんその足どんげんしたと」を自費出版し、「平和・協同ジャーナリスト基金」の奨励賞を受賞しました。

ことしのノーベル平和賞に選ばれた日本被団協の構成団体、長崎原爆被災者協議会に所属し、2019年からは副会長をつとめました。また被災協誕生前の1956年に結成された、長崎初の被爆者組織「長崎原爆青年乙女の会」では、2016年から会長をつとめていました。
小峰さんは食道がんのため市内の病院に入院しており、先月24日亡くなったということです。83歳でした。
葬儀などは既に家族葬で執り行なわれたということです。関係者によりますと、小峰さんは生前ノーベル平和賞受賞の報を聞いていたということです。

小峰さんが所属する長崎被災協は、後日、「しのぶ会」を執り行う予定で、小峰さんと親交が深かった長崎被災協の横山照子副会長が4日、小峰さんの生前の思いなどを伝える場を設けるということです。








