「みんな歳をとって」会員数の減少も…次の世代に継承したい

平成10年からは東京・渋谷で「渋谷・鹿児島おはら祭り」が始まります。これにあわせて「渋谷音頭」も加わりました。

平成28年。永田さんが92歳で亡くなると上村さんがかごしま永明会を継ぎますが…

(上村容子さん)「みんな歳をとって、亡くなって…」

多い時でおよそ60人だった会員が現在は15人まで減少しました。多くは70歳以上です。上村さんの身体も衰えてきます。

(上村容子さん)「腰を悪くして踊れなくなったんですけど、(おはら祭講習会を)50年間やってきました」

10年前に腰を悪くし、座ったまま指導することも増えましたが、それでも、踊りを次の世代に継承したいと熱が入ります。

(講習会参加者)
「楽しかった」

「笑顔になるので私もみんなを見て、楽しいなぁと思って、さらに楽しくなって踊ってます」

(上村容子さん・89)
「(踊り連に)入ってしまったらもう出られない。好きだから」
「やっぱりこれは鹿児島の誇りですから。薩摩の(誇り)なので、私はずっと踊ってもらいたい」

戦後の復興の中で始まったおはら祭。
令和の時代も、みんなで踊れる幸せをかみしめながら、次の世代に受け継いでいきます。