息子の命は、経費の横領とほぼ同等の重さなのか
当日、ドライバーはインスリンを注射後に食事をとらなければならないことを認識しながら、朝食を抜いて、車のハンドルを握りました。
その結果、低血糖状態に陥り、意識が低下したまま運転。時速約40キロのスピードで、横断歩道を青信号で渡っていた西田倖くんをはねたのです。
ドライバーは過失運転致死罪に問われ、裁判では事故当時のことについて「記憶がない」と話していました。
被害者家族として悲しみ 声を上げ続ける理由
以下は、倖くんの父親・西田圭さんが中学生を前にした講演での発言内容です。
判決は禁錮4年の求刑に対して禁錮2年6か月、つまり2年6か月の収監を命じるものでした。
この刑期の長さについて、皆さんはどのように思われるでしょうか。
私が調べたところ、禁固2年6か月に相当するほかの罪として、会社の経費を300万円ほど横領した罪に対する判決とほとんど変わらないということが分かりました。
今の日本において、交通犯罪被害者の多くが、罪の軽さと刑期の短さによって、自身の傷口をさらにえぐられるような気持ちに苛まれるという現実があります。
息子の命は、経費の横領とほぼ同等の重さしか持たなかったのか。そのような問いを、今も私は抱き続けています。
もし、ドライバー本人が医師の指示に従って定期的に受診していたら。
もし、周囲の人間がきちんとした食生活を送っていない彼に注意していたら。
もし、職場が安易に自動車の運転を認めず、休暇を取って医療機関を受診するよう指示していたら。
もし、運転免許の更新制度が、正常に運転できる技能と健康状態を厳しく評価する仕組みを持っていたら。
息子は今も元気に過ごしていたのではないか。そう思うと、本当に無念でなりません。







