木曽川導水は2007年にも…なぜ続かなかった?
水を流し続けて堀川がきれいになるなら、なぜこれまで流してこなかったのか。そこには「ある事情」が…
1610年の名古屋城築城の際に、徳川家康の命で城と城下町への物流のために開削されたのが堀川。浮世絵にも描かれていますが、この時は海と城をつなげる単なる運河でした。


その後、明治にかけ庄内川までつながり水が流れるようになりましたが、高度成長期に生活排水などで一気に水質悪化が進みました。元々水量の少ない庄内川から大量の導水は難しい中、実験的に行われたのが「木曽川導水」。
2007年、庄内川からの毎秒300リットルに加え、木曽川からの毎秒400リットルを3年間導水したところ、堀川の上流部で透明度や水質が改善するなど一定の効果が。
(堀川1000人調査隊 服部宏事務局長)
Q.当時、効果はあった?
「(効果は)あったんですけど、下水道の改善が始まっていなかった。水を入れて単に希釈するだけでは一定の限界があって、それも3年間で終わってしまった」











