「ここで、キャッチボールをしていました」

小雨が降りしきる中、彼は自宅前で待っていてくれた。髪は伸び、大人びた雰囲気の彼に声をかけた。

「大人になったね?」
「もう30歳ですからね」

15年の歳月を感じた。

彼が選んだ生業は農業、祖父と祖母がやっていた野菜や生花の栽培を、一生の仕事にすることを決めた。市外で他の仕事もしていたが、やはり陸前高田が好きだからと地元に帰り、父親が定年を迎えたらやる予定だった農業を生業にしたかったのだという。

「ここで、子供の頃におとうとキャッチボールをしていました」と畑の一角を指さした。やはり、大好きな、尊敬する父親の側にいたかったのだろう。選んだ職場は、父親との思い出の場所でもあった。

30歳になった彼は、20歳の時とは違い、父親のことを雄弁に語ってくれた。これまで何度か電話で会話もしていたが、今回初めて聞く話も多かった。

それは震災後から絶望の中で封印した記憶が、最近蘇ってきたからだという。同時に、10年前は語ってくれなかった父親をことを素直に語れるようになったのは、自分の中であの壮絶な体験をようやく消化できたからだと教えてくれた。