私の家族は、私たち夫婦と子どもが2人、歩とその1つ上に年子のお兄ちゃんがいます。
お兄ちゃんのほうは事件当時はもう大阪のほうに出てましたんで、家には私たち夫婦と歩と3人で暮らしていました。

夫と私は同じ勤め先、地元の防府市役所のほうに勤めておりました。

こうやって母子手帳をもらって、歩は昭和61年、1986年の6月、お兄ちゃんに続いて生まれた待望の女の子です。

歩が生まれたばっかりのとき、お父さんは男の人なんでね、あぐらをかいて、その上に乗せるようにしてちっちゃい歩を抱っこして、「絶対嫁にはやらん」なんて、そんなことを言ってました。

小さい頃の歩は怖がりで引っ込み思案で、もうすぐ私の後ろに隠れてしまうような。
音楽教室で先生がこう、「皆さん前に出てらっしゃい」って言ってもなかなか行けないような子でした。

それがまあいつの間にか、大きく成長して。
隣の市にある高専、工業高等専門学校というところに通う20歳の学生になっておりました。